カルトワイン考察

前回書いた思いの丈はこちら⇩

今回は考察に近いものです


カルトワインはまだ青年だったシエロが、ホンジュラスを逃げ出し詐欺師としてNYで過ごす10年あまりの物語だ。しかしカルトワインを”なり上がった詐欺師の話”とするのはちょっとニュアンスがちがうのだ。

それは華々しい舞台の裏に、シエロの消すに消せない子供時代を感じ、その過去をもったまま生きていこうとする姿を感じ取ってしまうからだと、私は思う。”ちょっぴりビターなスウィンドルミュージカル”と表現されるカルトワイン。”ちょっぴりビターな”の意味が、今はわかるような気がする。

カルトワインは宝塚歌劇団宙組で生え抜きの貴公子と呼ばれる桜木みなとさん、通称ずんちゃんが主演の舞台だ。その芝居力を評価する声は高く、今後更なる活躍を期待されている研14の男役。

そのずんちゃんの演じるシエロは、命を懸けてホンジュラスを出国し難民としてアメリカへの密入国を試みる。1幕の半ばにはもう舞台はアメリカで、どんどん華々しい世界が見せられていく。

だけども、私は到底忘れられないのだ。シエロがすごしてきたホンジュラスの熾烈だった日々の幻影を。

シエロが“勝手に産み落とされて”一人ただ生きるため立ち回っていた、という幼少期〜青年期がとてもとても大事でキーだと思っていて、そこから10年と少し、どんな経験を積んで紳士に振る舞っていても、やはりシエロの礎にはホンジュラスで“生き抜いてきた”がシエロを作ってると思っている。

偽造の何が悪いんですか は金持ちへの当てつけでも悪事への開き直りでもなく、それがシエロの生き抜いてきた至ってノーマルな価値観だから、と受け取っている 含みもあるだろう しかしその根幹にあるのは、ホンジュラス育ちのシエロの価値観に照らせば、生き抜くために取った手段の“何が悪いんですか”に聞こえた。

そこがすごく好きだった。

この作品の何が好きかと考えていくと、シエロがシエロとして育ってきた生き方を、そのまま尊重して描いたということ、に行きつく。

お前は殺しはしてない、というフリオのセリフがあり、そこには殺しはいかんという理性のボーダーがあることが示されている。

でも他はどうか?それは簡単に”金持ちの国”の常識にははまらない。

盗み?騙し?まやかし?偽造? それを一律に犯罪です!と断罪できるのは基本的生活が守られているからこそなんだなぁ…などとよぎる。

シエロはそんな幼少期は過ごしてこなかった

そしてシエロという人物を“シエロの成長物語”として書く気がさらさらない栗田先生がすごく優しいなと感じる。シエロをそのままのシエロとして認めているんだなと思える。

自分の知っている型が決して唯一無二の正ではない。シエロを大切にした先生の脚本は、ずんちゃんへの充て書きでありながら、その国その文化で育ってきた一個人を大切にした描き方だったと思ってる。

シエロはずっと変わらなかったわけではない。大きく変わった点は、アメリカでフリオに迷惑かけたくなくて”足手まといなんだよ”と振り払った一幕終わりに対して、2幕最後にはシエロ自ら、迎えに来い、と言うところだ 言えるようになったところだ。

自分にしかできないやりがいのある仕事と思って天才的味覚を活かし、がむしゃらに偽造と社交に走り続けたシエロが、FBIの捜査の手をきっかけにチャポにもミラにも一気にハシゴを外されていく。明晰なシエロにはそんな展開はとっくに予測ができていて、一種醒めた感情で外されてくハシゴを眺めてたのかな。

それでも相手がフリオとなると、どんなに久しぶりだろうと一つもためらわず、何も確認もせず、その胸に飛び込んでいける。

フリオはシエロに、真っ当に生きるんだろ、と盗みやチャポのもとにいることを諌めながらも、いざシエロの決めた企みはさっと受け止める。

ああぁ なんて素敵な話なのか シエロにとってフリオはきっと、おひさまに干したてのフカフカのシーツみたいなもんだったんだろうな 顔を埋めてスリスリしたくなるような。ふんわりとおひさまの香りがするんだろうな。

陳腐にさせたくなくて、シエロとフリオの関係はとても言葉にしにくい。幼馴染とか親友とか家族とか、すべての言葉がぴったりしっくりはこないのだ。

しかしそのシエロとフリオの関係が本当によかった。生きる道が、環境が変わっても、何一つ変わることのないふたりの関係性の描き方がほんとに好きだった。

ちょっぴりビターなスウィンドルミュージカル。”ちょっぴりビターな”はそのままに。そのままをまっすぐ見てみるという提案。

素敵な素敵なカルトワインだったな 大好きで大切です。

長文、読んでいただきありがとうございました。

もう一つ、フィナーレになっている酒場でDAVADAに当てて書き残したいシエロとフリオがあるのだけど、いつかまとめられたら…と。



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