ドキドキデリシューとざわざわSNS 宝塚歌劇団の向かうところとは?
モヤる。近頃なんだかモヤっている。
体調のせい?湿気のせい?声高らかにマイオピニオンを叫ぶSNSのせい?
全部ひっくるめてモヤる。
ヤダヤダ!
ヤダからちょっと紐解いて開放してみよ。
SNS
何の話って、今宝塚大劇場でまさに公演中の宙組
シャーロック・ホームズとショーのデリシュー
その中のひと場面
トップスターが鞭を振るい、振るわれた男役さん、トップ娘役さんは喜びの表現をする
と伝え聞いたいわゆるその“問題のシーン”
まだ見てないから内容には言及できませぬ。(まぁ最初伝え聞いたときは普通に大興奮しましたけどねハイ ○ンタイなんでねハイ 歓迎ですハイ)
ショーの演出変更
その問題のシーンの演出のプチ演出変更にSNSがざわついている。
ざっくり分けるとそのシーンのことを
・苦手!見たくない派
・歓迎!オールオッケー派
・見たくないって伝えたい派
・見たくないと伝える派を追及する派
に分かれてる印象(わかりにくいですね・・・すみまかぜん・・・)
最初の2つ、苦手派と歓迎派は純粋な感想なのだろうからどちらを聞いても○ンタイマインドの私には興味をそそられるばかり(そんなに刺激的なの!?楽しみ!)
劇団も観客の感想を聞きたいであろうし色んな反応があるのはしかるべきだと思う。
うーむ・・・と思い始めたのは、特に演出の変更があったとSNSで話題になってから
見たくない事を伝えたい派の過剰反応がこの変更を呼んだのではないかという憶測が飛び交いだした。
“一部の人の意見で” “過激な反応” “プロに失礼”
という反応を何件もSNSで目にした。
しかしはたして、ほんとうに・・・?
私の知る範囲では見たくない事を伝えたい派によるそこまでの鋭利な意見はほとんど見かけなかったように思う。
誹謗中傷の定義が”人格否定、個人攻撃、傷つけることを目的で有る事無い事述べる、脅し”…あたりであるならば、見たくない事を伝えたい派の発信は個人の意見レベルに感じたし、自由な感想の範囲を逸脱してなかった。
逆に追求する派の言葉のほうに個人の誹謗中傷では!?っていうのは見かけたけど・・・
ところで私は先日、ご贔屓さまの公演が無事に千秋楽を迎えたところなのだが
この公演でまざまざと体感したことの1つが、演者さん方の想像を超えるプロフェッショナルだった。
喜劇だったので上演中はそれはそれは ホヤぁ っとした空気が流れていて、宝塚出身のご贔屓さまの真っ直ぐな芝居は ホヤぁ の中から浮き立っていた。それがまた面白い仕様だった。
しかし公演が終わってその翌朝。演者さんたちからふと流れてくるレポにあるのは、昨日の舞台を振り返り、改良を加えていく演者さんたちの姿だった。
台本を振り返り、演目の録画を見直し、伝わりづらかった仕草をシンプルにし、ギャグポイントを削ったり、またプラスしたり。
そんな様子を公演中、垣間見ることができた。そしてそれは実に千秋楽近くまで続いた。
舞台人として当然といえば当然なんだろう。
けれど、いざ劇場で席に座ると、そんなシビアな追求があったことなど感じさせない ホヤぁ な空気が気軽な笑いを量産させていく。
そしてまた一座は今日の舞台に満足することなく、明日のさらなる最良の舞台を求めて軽微な仕草から大幅な設定変更まで恐れずに仕様を変更していった。
ホヤぁ っとした舞台上のおじさんたちは、観客に最高の時間を過ごしてもらうため舞台裏で追求を続けていた。
宙組の変更もきっとそういうことなんじゃないかな と私は思う
プロのチームが観客と作り上げる舞台の中で最良の塩梅を探ってる調整なんだろう
SNSでは変更があったという事実だけが独り歩きしてるようにみえる。
しかし、場面がオールカットなわけでもなく、内容の変更があったわけでもなさそうだ。
決して、SNSにあふれる感想や要求によって無理矢理に初期設定を捻じ曲げさせられたわけではない。
劇団も、お客さんの反応や意見を参照にもするだろう。
しかしそれをどうアレンジするか、反映するか、また表現へのブレは生まないか、そこらへんの判断は劇団の手中にある。
裏側を絶対に悟らせない夢の世界だから、その背景にどんな流れがあったのかは誰もわからない。
だからこそその塩梅は、さじ加減は、劇団を信用してついていきたいと思う。
相手は100年の歴史のあるプロフェッショナル
わたしはただの1ファンで、これからも宝塚の舞台に魅せられに行く
たとえSS席が与えられなくとも。2次でB席さえ取り上げられたとしても。私はまたプロフェッショナルたちが仕掛けてくれる舞台にウキウキして出かけていき、魅せられるままに誘われたいと思う。
なにはともあれ
早くホムシュー、みてぇっす!!
かしこ
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