『Half-Life: Alyx』は「恐怖」でプレイヤーのテンポ感を制御してVR酔いを防ぐ。
この記事は上記のHalf-Life: Alyxコラム記事の省略版である。
前置き
2020年3月24日、VALVEよりVRゲーム『Half-Life: Alyx』が発売された。AlyxはFPS『Half-Life』シリーズの13年ぶりの新作でありながらVRゲームで珍しい超大作で、Alyxが今後のVRゲームの基準になることは間違いない。
ただし、シリーズのファンからは「あきらかに過去作よりホラー色が強くなっている」「レーベンホルムのファンが作ったのか?」という声が上がった。もちろんこれには理由がある。VR酔いを防ぐためにホラーを利用しているからだ。
VR酔いが一番の厄介者
AlyxはHalf-Life 2の前日譚だが、Half-Life 2のゲーム体験をVRで再現するには様々な問題がある。VRゲームは大多数の人にとって未知の存在であり、VALVEはVR初心者に優しいVRゲームを作る必要があった。
はじめに、VRゲームと通常のゲームでは同じ動作でもユーザーの動き方が全く異なる。普通のゲームで銃を撃つにはスティックやマウスでカメラを動かし、画面中央の照準を敵に重ねてボタンを押す。
しかし、VRゲームは銃で弾を撃つだけでも「マガジンを銃から抜き捨てる」「新しいマガジンと交換」「スライドを引いて弾を装填」「サイトを覗いて敵を狙う」「トリガーを引く」という段階を踏む。VRゲームに慣れない人はピストルのリロードだけで苦労する。Alyxの対象であるHalf-LifeファンのほとんどがVRゲーム初心者なので、まずVRゲームの作法に慣れてもらわなければいけない。
また、VRゲームでもっとも厄介な問題が「移動方法」だ。VRゲームの移動方法は「酔いにくいが没入感は薄いテレポート」と「酔いやすいが没入感は高い連続的」の二つが主流で、コアゲーマーを対象としたVRゲームは連続的のみを採用する場合も多い。
コアなVRゲーマーが連続的を好む理由としては、ゲームデザインの問題がある。テレポートはプレイヤーが移動先をコントローラの向きで指定するのだが、プレイヤーの部屋に物理的な広さがないと微調整で動けずに棒立ちになりやすく、思い通りに動けないプレイヤーのフラストレーションに繋がる。
つまり、Half-LifeのVRゲームを作るにはVRゲームの初心者にVRの操作に慣れてもらう必要があり、ワープ移動を考慮してゲームのテンポを落とさなければいけない。この条件を満たした上でHalf-Lifeの緊張感を維持する解決方法は、ゲームの雰囲気を変えてしまうことだった。
サバイバルホラーと化したCity 17
まず、AlyxはHalf-Life 2と比べて明らかに怖い。筆者はAlyxの怖さの原因を三つに分類した。
一つ目は「狭くて暗い場所が多い」ことだ。本作の舞台であるCity 17はHalf-Life 2の時点で夕暮れのような薄暗いロケーションだったが、Alyxはとにかく地下通路や廃墟など暗くて狭い場所が増えている。しかも小さな部屋が入り組んで繋がる構造になっているため、先に敵や障害など何があるのかを見渡しづらい。さらにHalf-Life 2にはなかった肉壁や胞子にまみれたグロテスクな空間が新たにできたので、プレイヤーの足取りも鈍くなる。
二つ目は、「エイリアンの造形が過去最高に気持ち悪い」ことだ。Half-Lifeシリーズには毎作登場するおなじみのエイリアンの敵キャラであるバーナクル、ヘッドクラブ、ゾンビなどが2020年の品質でよみがえった。VRによってプレイヤーが敵キャラを等身大で立体的に見られることでプレイヤーが感じる脅威や本能的な危機感が増した。ホラー物やグロテスクな生物に耐性のないプレイヤーはヘッドクラブが顔面に飛びついてきただけで軽いパニックになりかねない。張り付いたら絶叫ものである。
三つ目の要因は、「リソース管理がシビア」ということ。VRゲーム初心者はピストルで弾を一発当てるだけでも苦労するので弾の量が心もとなく、初心者が熟練者ほど十分に探索してリソースを確保できるとも限らない。また、体力の回復リソースもかなり希少だ。自動回復はないので回復には回復ステーションを見つけるか注射器を自分の手に刺す必要がある。しかし、回復ステーションの頻度は少なく、インベントリにはアイテムを最大二つまでしか保管できない。弾を無駄撃ちしないように慎重に行動しないとあっという間に残弾も体力も尽きてしまう。
とはいえ、Alyxを怖いと感じる三つの要因も終始一貫しているわけではない。Alyxが怖く感じられるのは前半パートの数時間が中心であり、後半に入ると怖さは薄れてテンポの速いゲームプレイに切り替わる。
明るくて開けた場所で敵兵士との銃撃戦が増え、銃弾も多くなり銃器の種類も増える。もちろん、ゲームの後半にエイリアンは出てくるし、暗くて狭い場所がなくなるわけでもない。ただ、後半は明らかに恐怖感が薄れてゲームのテンポは速くなる(チャプター7のジェフは例外)。
まとめ
Alyxが怖く感じられる要因として「狭くて暗い場所が多い」「エイリアンの造形が過去最高に気持ち悪い」「リソース管理が非常にシビア」の三つを挙げた。Alyxのゲームデザインはサバイバルホラーの文脈に則っていると筆者は考えた。
Alyxは「VRゲームは未知の体験なので多くの人にとって操作しづらい」「移動方法がテレポートだからゲームテンポを遅くせざるをえない」という欠点を逆に利用して、緊張感と危機感に溢れるVRサバイバルホラーゲームにしたのだ。
筆者はバイオハザードを4と7とRE:2と8をプレイした経験があるが、おそらくAlyxに一番影響を与えたのはPS VRにも対応していたサバイバルホラー『バイオハザード7』のベイカー邸ではないか。ただし、バイオ7の操作はゲームコントローラなのに対してAlyxはVRのモーションコントローラなので、身体的な感覚のリアリティが段違いに高い。
Alyxは今後もVRゲームのフラグシップとして君臨し続けるだろうが、Alyxが歴代のHalf-Lifeと状況が違うのはVRゲームにここまでの技術と予算と人員をつぎ込めるのは世界で片手で数えられる数の企業しか存在せず、なんならVALVE自身でさえ今後数年間にAlyxと同等の規模のVRゲームを作れるのか怪しいことだろう。それならば、プレイヤーが自分で作るしかないのである。幸いにも今はだれでもUnityやUnreal Engineを利用できるし、なんならSource 2 EngineでHalf-Life: AlyxのMODを制作すればよい。道のりは遠いが、確実に未来はここにある。
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