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【セカンドブライド】第18話 カエルさんの営業アプローチ方法

カエルさんはいわゆる二代目社長で、彼のお父さんが作った運送系の会社で働いていた。

会社は、私たちが住む地域よりも一段郊外にあった。最寄り駅までは車で30分以上かかったし、近くには自然薯の農家さんや牧場があり、夜はコンビニや自動販売機が目印になる様な地域だった。1000坪ほどの敷地と社屋があり、10人ほどの従業員さんがいた。会社にはトラックがずらっと並んでいた。

お酒を呑むとカエルさんはよく「地方での営業」について語った。片手にハイボールのグラスを持ち、お酒で喉を湿らせながら気持ち良さそうに話した。

「東京の親会社からさ、担当者が来て時々営業に同行するんだけどさ、みんな、すぐに交渉に入ろうとするんだよ。「当社のサービス使ってくれませんか?」ってすぐに売り始めちゃうの。

でもさ、そういう時オレ、担当さんに言うよ。「それ、断られたら二度とその会社に行けないよ。どうするの?」って。

オレはさ、「ここの工場良いな」とか「この会社良いな」って思ったら、最初は世間話をしに行くんだよ。「こんにちはー。」って。

2回目も、「近くを通ったので来ましたー。」って、世間話だけのために通うんだ。外に出て草取りしている事務員さんがいれば一緒に草取りしながらお喋りする。通ってもなかなか社長さんまでは行きつかなかったりするんだけどね。

それでさ、例えば話の中で「今度この事務所みんなでバーベキューするんだ。」とか聞き出せたら、ラッキーだよね。バーベキューの日に合わせて差し入れを持って行く。それでも、仕事の話はしないんだ。そうやって1年とかさ、長いと2年とか気長に通い続けて、契約をもらった会社がたくさんあるよ。契約取れた時は「やった!」って思う。嬉しいよ。

お客さんに、面と向かってすぐに「これを買って」なんて言うと、構えちゃうからダメなんだよ。」

離婚が成立した後の彼は、まさにこの「営業スタイル」で私達と接していたと思う。

例えば、私が子供達と公園にいると言えば、ジュースを持って公園に現れた。
息子の好きな食べものがラーメンだと聞くと「ご馳走するから行こう!」とラーメン屋さんに連れて行ってくれた。
マラソンの練習会の後で娘や息子に「このゲーム知ってる?」と一緒にDSでゲームをした。
波のプールがある地域最大規模のプールの入場券を、客先から4枚もらったと言って、4人で行くことになった。
コンビニに貼ってある遊園地のクリスマスイルミネーションのポスターを「キレイだね。」と見ていたら、チケットを予約購入してくれていた。

カエルさんの申し出や誘いを断る理由は無かった。断ることを考えると善意に背いた様な気持ちになるし、子供達を喜ばせようと一生懸命に歩み寄ってくれることが嬉しかった。だから、成り行きに任せた。その結果、カエルさんと私と子供達の4人で一緒に居る時間が増えた。

徐々に距離が近くなっていったが、「オレは結婚前提でぱるちゃんと付き合って行きたいと思ってる。」と言われたのは年が明けてからだった。「それは、カエルさんがキチンと別居したらにしよう。」と答えた。

カエルさんの離婚は成立していたものの、次男が高校生になるまではと、元の家族と同居していた。だから、一緒に過ごす時間が大幅に増えると言うこともなかったし、あまり大っぴらに付き合うのは気が引けた。

一つ打ち明けると、「付き合う」と言っても、この頃の私は正直、彼の求めるスキンシップにどう応えて良いか分からないと言う悩みを抱えていた。幸いなことに、子供達と一緒に過ごす時間が多く、また、強要される様なことは無かった。だから、正式に付き合うことを先延ばしにしたかったと言うのも一理ある。

それを除けば、彼との時間は居心地が良かった。彼は、いろいろなことを深く考えないタイプで気楽だった。基本的にポジティブで穏やかなコミュニケーションを重ねた。

今なら分かる。私はその時、自分の心の一部を軽視して、心地の良い雰囲気に流されていた。
流された結果、幸せにたどり着きたいと願うのは、自分に都合が良過ぎると。

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