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【セカンドブライド】第16話 カエルさんの決意は固いのかも知れない

彼が指定したのは、私たちが初めて出会った公園だった。

家から5分ほどの公園に着くとカエルさんの車が停車しているのが見えた。もしかしたら彼は、最初から会って話すつもりだったのかも知れないと思った。

息子と手を繋ぎ、公園のエントランスから遊具がある広場まで歩いて入った。広場の入口に街路樹をぐるっと取り囲む様にしてベンチがある。そこにカエルさんは座っていた。そして、私たちを見つけると、挨拶変わりに片手を挙げて立ち上がった。

息子が、練習会が終わったばかりなのに、またカエルさんがいることに不思議そうな顔をした。でも、「遊んで来て良いよ。」と言ったら、嬉しそうに遊具の向かって走って行った。その背中を見送った。

カエルさんがベンチに座ったので、息子を目で追いながら私も隣に腰かけた。少し考えた様に黙ってから、ゆっくりとカエルさんが話し出した。
「オレさ、考えたんだよね。このままの人生だと後悔すると思って。」
「うん。」

「このままさ、年くって、今の嫁さんと過ごすのは嫌だなーって思ってさ。」
「何で?」

「例えばさ、今日は嫁さん機嫌が悪いんだ。こういう日はさ、クラブの練習会が終わってから、だいたい一人でチェーン店のうどんを食べて、スーパー銭湯寄ってゆっくりして、夕方くらいに家に帰るんだよね。」

「そか。でも、家に早めに帰って奥さんの話聞いてあげるとかしたら、機嫌が良くなるってこともあるんじゃないのかな?」

「うーん。家の嫁さんはそういう人ではないな。家の親と昔にやり合ちゃったんだけどさ。それからずーっと根に持っててさ、お正月とかも、全然、実家にも来ないんだ。オレが子供達を連れて実家に行くのも嫌がるし。家の親は同じ町内に住んでるからさ、スーパーとかで会うこともあるんだけど、とーちゃんやかーちゃんが挨拶しても無視するんだって。子供達の運動会とかも家の両親には来て欲しくないっていうから、子供達の運動会もこっそり見に来たんだよね。孫に会えないのがつらいって、家のかあちゃん泣いてたよ。」

「うん。」

「機嫌が悪いと物にあたるからさ、家のちゃぶ台はナイフでがりがりやっちゃって傷跡だらけだし。」
「ナイフでガリガリ?」
「そう。小型ナイフ持って机をガリガリってさ。」と言いながら、カエルさんは手をグーにして何かを握っている様な形を作り、手を伸ばして突き刺してからもう一つの手を添えて手元にひく動作をした。あっけに取られた私を尻目にカエルさんは話を続けた。

「子供達が勉強しないって言って怒って、子供のスマホも壁に投げつけて割っちゃって。iPhoneってやつ?それをバーンってさ。保険に入ってたみたいで新しいのと交換してもらえたんだけどさ。とにかく彼女が機嫌悪いと家の中がピリッピリなんだ。でもさ、オレさ、ずっと我慢して来たんだよ。オレさえ我慢すればうまく行くって思ってたから。でも、やっぱり我慢するの嫌だって思ったんだ。マラソン始めて、クラブの人達やぱるちゃんと出逢って、頑張っている人を見てたら、何かオレの人生、違うって思ったんだ。」

彼の奥さんは大分感情の起伏が激しそうだなあとも感じたけれど、離婚したいと言う気持ちで相手を見ると、より「酷い人」と見えてしまうことは往々にして起こり得る。だから安易に同調したり、一緒に悪口を言ったりはしない方が良いと思った。

「そか。でも私は…、他の人のことは分からないけど、私はね、今、与えられた状況でベストを尽くそうと生きているだけで、別に今の状態になりたくてなった訳じゃないよ。夫婦のことはさ、夫婦にしか分からないこともあるけど、話し合ったりして結婚を継続できるなら、その方が良いと思う。それに、シングルマザーのお母さんは、私に限らず、きっとみんなそれぞれ我慢もしているし、頑張ってると思う。でも、それは美談ではないよ。」と言った。

本当は、「だから、私はあなたの決断に賛成は出来ない。」と続けようと思ったのだけれど、上手く伝えないとキツく聞こえ、私に叱られたと萎縮してしまいそうだと思った。もう少しソフトに伝える言い方を考えて、黙った。

そしたら、先を引き取るかの様にカエルさんが言った。
「良いんだ。それでも、オレ決めたから。オレが決めたから。オレの人生だからさ。パルちゃんは関係ない。関係ない訳じゃないけど。きっかけだけど。でも、関係ないんだ。」とカエルさんが言った。

「じゃあ、何で私に宣言するの?」と思ったが、少し迷って「そか。そうだね。カエルさんの人生だもんね。」とだけ返した。

「うん。オレ、ぱるちゃんと走ったから、フルマラソンも自己ベスト出せたんだ。オレさ、今までよりも20分も速く走れた。こんなことが出来ると思ってなかった。やれば出来るって思ったんだ。ぱるちゃんと一緒にいるとオレ最強なんだ。」

また、私の感情がざわついた。彼の感想は子供じみたものに聞こえた。でも、人生の幸せは人がとやかく言えるものではないと思い直した。少なくとも、40代半ばの大人の男性が自分の人生を自分で決めたと言っている以上、私が引き留める理由も思いつかなかった。

それに、私は自身の経験から離婚が簡単ではないことを知っていた。夫婦として長い年月を一緒に居れば、どうしても許せないことが起こったりもする。「この人と一緒に居ない方が良いのでは?」と思うこともある。でも、衝動的に「別れたい」と思うのと、実際の離婚のプロセスは全然違う。

運命が動く様な大きな力、絶望する様な出来事、希望が信念に変わる様な何かがないと離婚は出来ないと思っていた。

だから、十何年も連れ添った奥さんと話し合う内に彼自身の考えも変わるかも知れないし、折り合いがつくかも知れない。

応援も反対もせず、ただ見守ろうと思った。

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