【セカンドブライド】第33話 鈴木商店で働いた話
鈴木商店でアオイさんと一緒働くのは、正直、とても楽しかった。
鈴木商店の仕事は、そんなにボリュームがある訳では無かったが、全てのことがシステム化されていないせいで、とても時間がかかった。
例えば、運搬する荷物の在庫の管理をするときには、在庫を数え、紙にその個数を書く。そして、電卓片手に入力したものを上から順に足し算をしたり、引き算をしたりして管理するのだ。給与計算もしかり。ドライバーさん達の日報も、紙のフォーマットに手書きだった。つまり毎日、文字通り紙面上に計上された各々の売り上げを、電卓叩いて計算するのだ。私にとって、今までPCの中で完結していたことが、とにもかくにも「紙に手書き」と「電卓で計算」になった。私は、IT企業での勤務経験しかなかった。だから、面倒な計算があればエクセルのマクロ、もしくは独自にプログラミングしたツールを作って作業の効率化を考える様に言われて来た。その私にとって、鈴木商店での仕事は、面倒だと思うよりもその新鮮さが大きく、楽しかった。少し大袈裟に言うならば、タイムスリップした世界で働き始めた様な気持ちだった。アオイさんもいちいち驚く私を面白がって、笑いながら丁寧に教えてくれた。
午前中に、洗濯や掃除、そしてドライバーさんが書いた日報のチェックを終えて一段落すると、二人でお茶を飲みながらおしゃべりをするのが習慣になった。
アオイさんはバツイチであること。娘さんと息子さんの二人の子供がいること。娘さんは別れた旦那さんと暮らし、アオイさんは息子さんを連れて実家に出戻っていること。息子さんは中学の時にやんちゃが過ぎて障害事件を起こしてしまい、高校に行くことが出来ずに、解体工事の仕事をしていること。でも、成人した今はすっかり落ち着いて、仕事へも休まずに行く様になったこと。二つ年下の彼女との間に子供を授かって、今度結婚する予定であること。彼女は良い子で、未だ若いのに毎日お弁当を作って息子さんを応援してくれていること。
アオイさんはそんなエピソードを気さくに話した。彼女の話は少しセピア色で、私にとってドラマを見ている様な気持ちになった。
「子供のころさ、家はさ、みんなで稲刈りを手伝わないといけなかったんだよ。稲の束って重いの知ってる?いや、知らねーよな。子供の身体に稲刈りはきつくてさ、次の日は身体中痛くて動けなくなっちゃうんだ。だから、稲刈りの次の日は学校休んで良いって、父ちゃんがルール決めてさ。週末田んぼで働いて月曜日、身体中いてーなーって休んで窓の外見てると友達がランドセルしょって帰って来る。学校休んでるから、遊びにも行けねーし、つまんなかったよ。でもさ、ねーちゃんは身体が弱いから、稲刈り免除だったんだ。喘息だったから仕方ねーっちゃ仕方無かったんだけど、何だかずりーなって思ってたよ。」
「ねーちゃん」と言うのは、カエルさんの元嫁のことを指していた。お姉さんである元嫁の話も普通に出たので、私も彼女のキャラクターを覗き見ることとなった。
「今付き合ってるオトコはさ、大きな農家の跡取りでさ、田植えとか稲刈りとかの季節は、組合総出で手伝うんだ。私も土日は、手伝いに行くんだけどさ。みんなで食べる用に、でっかいおにぎりいっぱい握って、たんぼに持って行かなくちゃで。昔っから私は田んぼに縁があんだな。オトコと結婚?しねーよー。だって、オトコの家は大家族で。おっきいばーちゃんだろ、ばーちゃんだろ、オトコに、男の娘にその赤んぼまでいて。何だかいーっつも忙しないんだ。」
アオイさんは良く動くし、働き者だった。
そしてお酒が大好きで、毎日呑めればそれで幸せだと言っていた。
近くに安くて美味しいお刺身やさんがあると丁寧に教えてくれたり、
ドライバーさんのクスリと笑えるエピソードを教えてくれたり、
近所の人の話を親身になってうんうんと聞いていたり、
親切だったし、面白かった。そして、人懐っこいけれどほどよい距離感の人だった。
とても、私に、彼女をクビにする役目は出来ないと思った。
だから効率が悪い作業の一部を、エクセルでの表計算に置き換えたが、アオイさんと共同で行うところは変更せず、紙への手書きする方法のまま従った。
ある日、会社の社印をカエルさんの実家に取りに行き、そのまま市役所に行く用事を頼まれた。カエルさんから、「お義母さんが家で待ってるから。」と言われたので、直ぐに会社を出た。会社からカエルさんの実家は車で5分ほどだった。
カエルさんの実家の駐車場に近づくとお義母さんが立って待っているのが見えた。ウィンカーを出して駐車場に入り、「こんにちは!」と頭を下げた。でも、お義母さんは苦虫を嚙み潰したような顔をしたままこちらを見ない。
何だか急に落ち着かない気持ちになった。なぜだかは分からないけれど、お義母さんが怒っている。急いで車をバックして駐車した。すると、お義母さんが近寄って来て窓ガラスをコンコンと叩いたので、ボタンを押して窓ガラスを開けた。ゆっくりと窓ガラスが下がり、社内に冷たい空気が流れ込んで来た。
もう一度「こんにちは」と言おうとしたその時、お義母さんが間髪を入れずに、車の中に社印の入った巾着袋を投げ込んだ。そして、不機嫌な顔のまま、目を合わせず、一言もしゃべらず、家にスタスタと入ってしまった。
「今のは、何だったの?」唖然とした。
急速に何とも言えない嫌な気持ちが心の中に広がって行った。
訳が分からないなりに、きっと、カエルさん経由で、アオイさんと仲良くしていることが、お義母さんの耳に入ったのだろうと思った。
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