【セカンドブライド】第26話 私が抱えていた事情
「じゃ、オレ帰るね🐸」とカエルさんが言った。
玄関まで送ると、「そうだ、プロポーズのキスがまだだよ。」とカエルさんが言った。そして、キスをされた。私は彼を受け入れながら、子供達には見られない様に、リビングのドアを閉めておいて良かったと思った。
カエルさんは唇を離して満足そうな表情になり、「ぱるちゃん、ありがとう。オレ、本当に幸せにするから。」と言った。
「うん。ありがとう。みんなで幸せになれる様に頑張ろうね。」と答えた。
その日の夜は、子供達を寝かしつけてもなかなか眠れなかった。
外に出て少し気分を変えたい気分だったけれど、子供達を置いて家を出るのは、それはそれで落ち着かない気持ちになることは分かっていた。
外界と繋がっているベランダの窓を開け、サンダルを履いて外に出た。一気に空気が濃くなる。夜の空気はひんやりとして、少し欠けた月が明るかった。
ベランダの手すりにもたれながら、駅のロータリーを見下ろした。4階と言う高さはほどよくて、人々の様子がよく見える。
速足で家路を急ぐ人がいる。タクシーで帰る人がいる。駅まで車でお迎えに来てもらっている人がいる。それぞれの一日を過ごし家に帰る人たち。それぞれの人生を生きている様子を見ていると落ち着いた気持ちになった。
知らない内にため息が漏れた。それをきっかけに、肺の中に空気が入って来て少し楽になった。呼吸の仕方を思い出した様な気持ちで、何回か深呼吸をしたら、心が落ち着いて楽になった。
シングルマザーは、社会的弱者になりやすい側面があるが、当時の私には、追い打ちをかける事情があった。
一度目の結婚時、DV等支援措置により、元旦那に住所が分からない様に手続きをした。実家など元旦那に知られたところに住むことはせず、SNS等も全て止め、ひっそりと隠れる様にして生活していた。
(※ DV等支援措置とは、配偶者からの暴力(DV)、ストーカー行為等、児童虐待及びこれらに準ずる行為の被害者が市区町村に対して住民基本台帳事務におけるDV等支援措置を申し出て、「DV等支援対象者」となることにより、加害者からの「住民基本台帳の一部の写しの閲覧」、「住民票(除票を含む)の写し等の交付」、「戸籍の附票(除票を含む)の写しの交付」の請求・申出があっても、これを拒否する措置が講じられることを言う。
警察署に申し立て、毎年更新していく。)
離婚が成立し、いろいろなことが落ち着いた様に見えてからも、いつも不安が心の中に在った様に思う。
ある時、郵便受けの鍵が壊されて中の郵便物がなくなると言うことがあった。駅前のマンションだったし、郵便受けも外に面していたから、誰でもそれをすることは出来た。冷静に考えたら子供か誰かのいたずらである可能性が高かった。でも、「前の旦那さんかも知れない」と思って怖かった。全然関係ないことでも頭の中に恐怖があるので、そこに結び付けて考えてしまい、恐怖心が増していった。
養育費が途絶えた時も、弁護士さんから「子供達の権利」だと言われたし、給与差押えの手続きをすることは難しくないことも知っていた。でも、元旦那さんを逆上させてしまうことが怖くて差し押さえの手続きを踏めなかった。
その頃、子供達のことを考えた結果、離婚が成立した後も元旦那さんの苗字を名乗っていた。
だから、カエルさんと再婚することで、苗字が変わることが嬉しかった。
経済的に安定出来ると思うと、安心することが出来た。
子供達(特に息子)にお父さんと言う存在を教えてあげたかった。
「家庭が安定する」と言う望みに、未来は明るいと信じたかった。
一方で、結婚することが怖かった。
大好きな人との一回目の結婚。プロポーズから結婚式までずっと浮かれて過ごした。
結婚式も、「こんなに幸せで良いのかしら。」と浮足立っていたし、
彼とずっと生涯、仲良く連れ添うことが出来ると思っていた。
そんな、「運命の赤い糸」を信じた一回目の結婚に失敗したことで、
自分の選択に自信が持てなくなっていた。
カエルさんのお嫁さんになること自体にも、言い知れぬ憂鬱があった。
でも、そういう気持ちは、本来誰もが持っていて、
それをマリッジブルーと呼ぶのかも知れないと思った。
今考えると、あの時の憂鬱な気持ちは「予感」だったのかも知れないが、
その時の私はその時の気持ちを「打ち消すべき不安」だと捉えていた。
「抱えていた事情」が私を弱らせ、また、冷静に見極める目や思考を曇らせていたのかもしれないと思う。
ベランダで月を見ながら、この選択が「正しい選択」なのか確信は持てなかった。ただ、幸せを祈っていた。