夢のはなし:赤白帽子のウルトラマンかぶり、文化の壁
深い眠りに誘われ、私は見知らぬ砂漠地帯に立っていた。そこは、太陽が照りつける中東のどこか。周囲には、見たことのない顔をした人々が集まり、皆、どこか懐かしい赤白帽子を頭にかぶっていた。まるで、小学校の体育の授業に戻ったような、不思議な光景だった。
皆で談笑していると、一人の男が私の視界に入った。彼は、赤白帽子のバイザーを真ん中あたりにずらして被り、ご機嫌そうに踊っていた。まるでウルトラマンになったかのように、楽しそうにポーズを決める姿が目に焼き付く。
しかし、その様子を見て、私の心はざわついた。赤と白。この二色は、決して無意味な組み合わせではない。白は平和の象徴、赤は血の色。私とは異なる教えを信仰している彼らにとって、この二色の混ざり合う行為は、宗教的な意味合いを持つのではないだろうか。
迷わず、私は彼に英語で語りかけた。「その被り方は、宗教的に見て良くないと思う。白は平和、赤は血を表している。あなたの宗教上、それを混同させるような真似はしない方がいい。それは無礼だ。」
言葉を発すると、周囲の空気は一瞬にして張り詰めた。私の言葉が、彼らにどう響いたのかは分からない。しかし、この夢の中で、私は彼らとの間に、見えない壁を感じていた。
この夢は、異文化理解の難しさを私に教えてくれた、一つの出来事だった。言葉は通じても、文化や宗教に基づいた価値観は、そう簡単に理解し合えるものではない。
赤白帽子という共通のアイテムがあったとしても、そこに込められた意味は人それぞれ。私の常識が、彼らにとっては非常識かもしれない。そして、私の善意が、彼らにとっては無礼に感じられるかもしれない。
この経験を通して、私は気づいた。異文化理解とは、単に言葉の壁を越えることではない。それは、それぞれの文化の背景にある歴史や宗教、価値観を理解し、尊重すること。そして、自分の価値観を押しつけることなく、対等な立場でコミュニケーションをとること。
夢から覚めた後も、この出来事は私の心に深く残った。異文化理解は、簡単なことではない。しかし、だからこそ、挑戦し続けなければならない。この夢は、私にそう教えてくれた。
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