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本に込めた復興への思い。ローカル線の本を出版した北陸在住の4人

2024年10月、富山県の出版社parubooksから『受け継がれたローカル線 ~富山・石川・福井 北陸三県鉄道賛歌~』が出版されました。北陸のローカル線について、豊富な撮りおろし写真と取材記事、ローカル線にまつわる短編小説で綴った、鉄道初心者でも読みやすい一冊です。この本を作ったのは北陸在住の「ほくりくカルテット」の4名。今回はその4名に、出版までの経緯や取材の思い出、能登半島地震復興への思いなどを語っていただきました。

記事執筆:吉玉サキ
写真撮影:井上浩介

【ほくりくカルテット】

  • 佐古田宗幸・・・parubooks代表。この本では企画・編集を担当。京都府出身、富山県在住。

  • 井上浩介・・・小売業で働くかたわら、20年以上趣味で写真を撮り続けている。この本では撮影を担当。富山県出身、富山県在住。

  • 上田聡子・・・小説家。今回の本では小説『ローカル線と、季節を越える』の執筆を担当。石川県輪島市出身、金沢市在住。

  • 佐藤実紀代・・・本屋『HOSHIDO』店主、ライター、編集者。この本では取材文の執筆と書籍デザインを担当。福井県出身、福井県在住。


■「北陸の鉄道」をテーマにしつつ、鉄道マニアじゃない人が読んでも楽しい本にしたかった


――この本を出版することになった経緯を教えてください。

佐古田:井上さんとはもともと長い付き合いなのですが、井上さんに「そろそろ写真集を出しませんか」と持ちかけたのが始まりです。井上さんが過去に撮影した中に素敵な鉄道の写真があったことと、僕自身が鉄道ファンなので、「鉄道をテーマにしましょう」と提案しました。

井上:佐古田さんから鉄道をテーマにしようと提案があったときは、「本当に自分でいいんですか!?」と思いました。自分はたしかに鉄道も撮ってきましたが、いわゆる「撮り鉄」の人たちの撮り方はしたことがないので……。

佐古田:それがいいんですよ。いわゆる撮り鉄の方の写真には「型」があるんです。それを否定するわけではないんですが、僕はそういう写真の本にはしたくなかった。

――写真集から企画が出発したんですね。この本は写真のほかにも、取材して書かれた文章や短編小説が見どころになっています。

佐古田:できるだけ多くの人に読んでほしかったので、取材文と小説が載っていたらより面白いんじゃないかと思い、こういう構成にしました。最初、インタビューや小説がない構成も作ってみたんですが、やっぱりただのカタログみたいな本になってしまって……。

上田:私は鉄道のことをぜんぜん知らなくて。だから「ローカル線をテーマにした小説を書いてください」と言われたときは不安もありましたが、お題があると楽しく書けるタイプなので、鉄道が出てくる小説を読んだり用語を調べたりして、わくわくしながら準備しました。

佐古田:小説は富山編・石川編・福井編・能登編。最初は「それぞれ独立した短編でもいい」ということでお願いしました。

上田:でも、私は絶対に連作短編にしたほうが読み応えをだせると思って。どうしたら北陸の鉄道を出しながら4つの話を自然につなげられるか考えて、プロット案も3つ作りましたね。

小説『ローカル線と、季節を越える』 富山篇①
小説『ローカル線と、季節を越える』 富山篇②

佐藤:私も上田さんと一緒で、鉄道の知識がまったくありませんでした。だから佐古田さんから企画書をいただいたとき、私に書けるのか不安でしたね。鉄道ファンの方の知識量ってすごいから、私なんかが太刀打ちできるんだろうかと……。だけど佐古田さんが「鉄道についてまったく知らない人に向けて書いてください」と言ってくれたので、それなら私にも書けると思いました。

佐古田:北陸の鉄道について書かれた本は少ないので資料的な価値もありつつ、初心者が読んでも楽しめる本にしたかったんですよね。

■取材を重ねるうちに「乗り鉄」の気持ちがわかるように


――本を作るにあたり、たくさん取材をされたと思います。取材で印象に残っていることを教えてください。

佐古田:4人で予定を合わせて、富山・石川・福井・能登を一日ずつ取材しました。午前中に車庫などの取材をして、昼からは実際に鉄道に乗って沿線風景や駅を取材しましたね。4人での取材の他、それぞれ単独での取材も行っています。

佐藤:最初の取材が富山だったんですが、鉄道の知識に不安があってかなり緊張したのを覚えています。鉄道業務でお忙しい中、時間を合わせて取材を受けて下さっているので、再取材はなかなかできないし……。今思うとかなりガチガチなインタビューでしたね。

あいの風とやま鉄道車両センターにて

佐古田:でも、取材の回数をこなしているうちにだんだん慣れてきましたよね。

佐藤:はい。取材のあとに実際に鉄道に乗ると、佐古田さんや井上さんがプチ情報を教えてくれるんですよ。「ここを通ると〇〇が見えるよ」とか。それがすごく面白くて。取材を重ねるうちに、少しだけ「乗り鉄」の方の気持ちがわかってきました。

井上:インタビューを間近で聞けるのは面白かったです。やっぱり関わる人の話を聞きながら撮ると、新たな視点での写真になりますね。

ハピラインふくい取材中の一コマ

――もっとも印象に残っている鉄道はなんですか?

佐藤:追加取材で1人で乗りに行った立山線です。佐古田さんに「今から乗ります」ってメッセージを送ったら、リアルタイムで「この駅を過ぎると次は〇〇が見えてきます」とか教えてくれたんですよ。その体験はエキサイティングでしたね。

佐古田:立山線って、昔ながらの佇まいのローカル線なんです。どんどん山の中に入って行って「どこに連れてかれるんだ?」と不安になるような秘境の路線なので、佐藤さんが乗っていると知って、こっちも面白くなってきて……。

佐藤:電車って目的地に行くためのものだと思っていたんですが、乗ること自体が目的というか、娯楽になるんだなと気づきました。まったく鉄道のことを知らなかった私が、取材を続けているうちに、誰かに鉄道の話をしたくなってきたくらい。

上田:私の印象に残った鉄道は、やっぱりのと鉄道ですね。穴水駅のホームに大きなガタつきができていたこととか、能登に近づくにつれて屋根に青いブルーシートがいっぱいかかっていたこととか……。地震の爪痕に胸がぎゅっとなりました。すごく印象に残ったので、それらの描写は小説にも書いています。

のと鉄道穴水駅のホーム

■本の構想段階で起きた能登半島地震


――2024年1月1日、能登半島地震が起きました。当時の心境をお聞かせください。

上田:私は輪島の実家に帰省中、被災しました。立っていられないくらいの揺れで、大津波警報が出たので高台に逃げて。避難所になっている小学校の駐車場に家族で移動して、車の中で冷たいおせちを食べました。家族が心配だったけど、私も夫も仕事があったので、1月3日にガタガタの道を通って金沢の自宅に戻ったんです。めちゃくちゃな状態の能登を見てから、比較的被害が少なく、街もちゃんと機能している金沢を見ると、すごく気持ちが落ち込みましたね。

佐藤:私は静岡旅行中にニュースで地震のことを知りました。夜中に上田さんから無事だと連絡が来たときは心底ほっとしましたね。福井に住む家族も、自宅も、大きな揺れはあったものの被害はなく無事でした。

佐古田:帰省先の京都から帰る途中、高速道路を走行中に地震が起こりました。道路が揺れはじめてスピードが出せなくなったので、ちょうど差し掛かったインターチェンジで下道に下りて、5時間くらいかけて自宅に帰り着きました。

井上:自分は今回の地震で兄を亡くしました。大晦日は自分も兄一家も富山の実家に帰ってきて、年越しを一緒に過ごしました。元日、兄一家は輪島にある奥さんの実家で被災し、建物倒壊に巻き込まれたんです。兄の奥さんから「倒壊した建物から兄の返事がない」と連絡があって……。兄が建物の下から見つかったのは震災から数日後のことです。

――皆さん、それぞれに大変な思いをされたんですね。

佐古田:地震が起きたとき、とりあえずこの本に関するすべての作業をストップしました。井上さんからお兄さんのことを聞いたので、「今は本のことは考えなくていいので、とりあえず目の前のことやってください」と伝えましたね。そして一週間考えた結果、「今こそこの本を出すべきだ」と思ったんです。そのときはまだのと鉄道には取材予定がなかったので、急遽取材をすることにしました。

佐藤:のと鉄道はずっと連絡がつかない状態でしたよね。

佐古田:そう、やっと連絡がついたのが2月に入ってから。3月のはじめに現地へ行けたんですが、穴水駅前にあるのと鉄道の本社が倒れかかっているのを見て、この本を出す目的やメッセージがより明確になりました。

上田:私は県外からたくさんの応援が入るのを見て、すごく心強くて涙が出ました。10年かかるかもしれないけど、また元気な能登を見られると信じています。

佐藤:取材で震災後はじめて能登地域に入って、ブルーシートがかかった家並みを目の当たりにしたとき、自分にできることはなんだろうと考えました。それこそ上田さんも参加された能登半島地震チャリティー同人誌『波の花 風吹く』内の小説で知ってYouTubeで見たんですけど、能登のお祭りってすごく素敵なんですよ。そういう能登の魅力を発信するお手伝いをしたいですね。

井上:自分には写真という発信の手段があるので、写真で復興の手助けをしたいと思うようになりました。ちゃんとソースのある、信頼できる情報を写真で発信したいです。

のと鉄道西岸駅を臨む

■北陸の魅力と今後やりたいこと


――それぞれ、住んでいる地域の魅力について教えてください。

井上:他県の人から言われて初めて気づいたのは、富山の水の綺麗さです。富山県は川や湖の色がとても美しいんですよ。富山で撮るようなイメージで他県の川や湖を撮ると、色のイメージが違って「あれ?」となっちゃう。

上田:私の住んでいる石川県は、能登と加賀で文化が違うところが面白いなと思います。加賀は百万石のお殿様のお膝元だから住んでいる人も洗練されていて、能登は漁師町だから素朴で我慢強い人が多い。あと、福井・富山・加賀・能登では方言もそれぞれ違うので、そういうところも面白いです。この小説の中でも、楽しんで方言を使いました。

IRいしかわ鉄道線

佐藤:私は福井の曇り空が好きです。北陸の人って思慮深いというか、すごく気を遣ったり考えたりする人が多いんですけど、それって天気から来ているのかなと思います。あと、私は福井の匂いが好き。春になれば田んぼの匂いがするし、夏は苗がどんどん伸びて青々とした匂いになるし、秋は稲刈りの後の焼いた臭いがして、冬は雪が降って空気が透き通っていく。そんな四季を体感できるところが好きです。

佐古田:素材を組み合わせて味付けをして盛り付けて出すという点において、編集って料理と似てるんですよ。北陸って素材はすごくいいんですけど、素材そのままを味付けせずにさらっと出すようなところがあって、魅力が伝わりづらい面もあるんですよね。でも、そんなところも北陸の魅力です。

――北陸の魅力が伝わってきました。今後のやりたいことや夢をお聞かせください。

佐古田:能登半島復興支援のnoteメンバーシップを作ります。北陸にゆかりのある方に執筆していただき、メンバーシップの会費を寄付に当てたり、書き手の方に分配してそれぞれが支援をする枠組みを準備しているところです。

能登半島復興支援メンバーシップ「つなぐSupport NOTO note」のビジュアル

佐藤:私は本を作り続けていきたいです。災害などが起こると、どうしても読書や創作などの文化的な事業に対して余裕がなくなってしまうので、民間ができる活動を継続していくべきだと思います。「本」というキーワードで繋がり交流して、助け合っていく関係性を作りたいですね。

井上:自分は写真での発信を続けていきたい。表現としては、あくまで地元の空気感を大事にした写真を撮りたいですね。今回の本は鉄道に絞ったけれど、他にもいろいろな写真を撮っているので、いつか自分の総集編的な作品集を作りたいと思っています。

上田:私は小説で北陸の良さを再発見していきたいです。北陸って食文化や地域文化、芸術など、掘れば面白さがいくらでも出てくる宝の山なんですよ。私は金沢を舞台にした小説でデビューしたので、これからもご当地小説というか、物語によって北陸の魅力を広めたいですね。

多くの人の手で走り続けるローカル線、これからも応援し続けます


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発行:parubooks
編著:ほくりくカルテット
(井上浩介、上田聡子、parubooks編集部、HOSHIDO佐藤実紀代) ※五十音順
撮影:井上浩介(inoue1024)
小説:上田聡子
ライティング:佐藤実紀代(HOSHIDO)、parubooks編集部定価2,700円+税
B5判、120Pオールカラー、並製本
978-4-909824-13-4


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