かが・のと百物語(1)誰が猿鬼を倒したか/峰守ひろかず

 初めまして。峰守ひろかずと申します。妖怪が出てくる話をよく書いている小説家ですが、ここ(能登半島復興支援メンバーシップ「つなぐSupport NOTO note」)では、小説ではなく、北陸の妖怪にまつわるお話を紹介していこうと思っています。
 レポートというほどカッチリしたものではないので、コラムのようなものだと思っていただければ幸いです。お詳しい方には「知ってるよ」と思われてしまう話になるかもですが、一つ寛大な気持ちでお付き合いいただければ幸いです。

 さて、最初に取り上げる妖怪は「猿鬼」。名前の通り猿の鬼です。
 能登に古くから、かつ広く伝わる妖怪で、「日本妖怪大事典」(村上健司著、水木しげる画)には「石川県鳳至郡柳田村を中心にした能登地方でいう妖怪。頭に1本の角がある猿に似た鬼で、柳田村の岩井戸神社裏にある岩穴に棲みつき、付近の住民に害をなし、氏神によって退治された。氏神が射た矢が猿鬼の目に当たったところが柳田村の当目で、黒川という地名は、死んだ猿鬼の黒い血が川となったことに由来するという。能登島町の伊夜比咩神社には、退治された猿鬼の角が現在でも保存されている」とあります。
 この猿鬼の登場する伝説の舞台の一つである(口述しますが、舞台がいくつもあるのです)柳田村では、かつては地元の特産ワインのマスコットになったりしていました。

猿鬼くん/「産業情勢11月(396)」北國銀行総合企画部、1991年より
(国立国会図書館デジタルコレクションより引用)

 この猿鬼、北陸の伝承を調べていると、あちこちでこいつが退治された話を見かけるんですが、資料によって書かれている内容が食い違っていることが多くて、そこが昔から気になっていました。
「凶暴で危険な猿鬼は退治されました。めでたしめでたし」という顛末も、その退治の過程でいくつもの地名が付きました、というエピソードもだいたい共通なのに、話によってデティールが違うんですね。退治した人も違うし猿鬼の設定も舞台も違う。
 どうも猿鬼伝説は複数あるようなんですが、大体の資料では「など」で済まされてしまっているので、何バージョンあるのかが分からない。分からないのは気にかかる。
 というわけでこの機会に猿鬼にまつわる伝承や記録をざっと調べ、「誰が倒したか」に絞って分類してみました。

1.神杉姫が倒した

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