狼と香辛料と農業①:パスロエ村の農法 台本
大学で9年間農学を学んだ博士CHIEが、『狼と香辛料』を農学の視点で考察していきます!
『狼と香辛料』にハマっています。
アニメとマンガ好きなCHIE、本好きなTOMOMI、『狼と香辛料』で感動したことを話しました。今回は、農学系博士らしく、農学の視点から『狼と香辛料』を解説をしてみました。動画もあげたので見てくれたら嬉しいです。ガッツリ解説するのは初めてなのでドキドキです。
ストーリーの内容
パスロエ村に麦を買いに来た行商人ロレンス
パスロエ村の麦畑はきれいな小麦色になり、麦刈りのお祭りが催されていた。
麦を手に入れたロレンスは、次の目的地へと向かった。途中、村の豊穣を司る狼ホロと出会い、2人の旅が始まった。
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新農法とはなにか
ヤレイの言葉:「新農法」
麦の新農法を取り入れるから、これからは豊穣の化身「ホロ」の力が必要なくなった。このように、ヤレイが言っていた。
推察するに、神話や宗教が弱体化して、豊穣の神ホロの存在が形骸化する。これから、科学が発展していき、神話が忘れ去られてしまうという話だろう。
ということで、新農法というのは、産業革命とともに発展したノーフォーク式農法だろうと思った。
高校の世界史や地理の教科書でも農法論が出てくるので、おさらいします。理系だった方は、習っていない人も多いかもしれません。私CHIEは高校生の時理系でした。高校バージョンが間違っていたらすみません。
■二圃制農業(にほせいのうぎょう)
古代ローマでは、秋まきと休閑地を1年おきに交互に栽培する。休閑地とは、なにも作物を作らない農地のこと。
■三圃制農業(さんぽせいのうぎょう)
中世ヨーロッパでは、農地を、春巻き・秋播き・休閑地、の3つに分け、1年毎に変える。これが三圃式農法で、4世紀から約1000年間続いた。
休閑地の意味は、地力の補給と雑草防除の両方を兼ねている。三圃制農業の時代では、休閑地では、家畜を放牧していた。放牧された羊たちの糞尿は畑の栄養となる。
■四圃制農業(よんぽせいのうぎょう)=ノーフォーク式農業
イギリスで産業革命が興ると、農法も変化する。4種類の作物を毎年順番に作付した。作業が機械化することで、休耕地が無くなり収量が爆発的に増えた。
高校世界史から推察すると?
ヤレイが言っていた新農法とは、四圃制農業でした!
あー、高校世界史で聞いたことあるやつ〜
機械化でしょ、収量増えたんでしょ
つまんな〜
って思わないで!続きを読んでほしい!
ちょっと待ったぁぁ!
ノーフォーク式は17世紀頃からイギリスで始まる。産業革命と農業革命はセットだ。食料が増えないと人口は増えない。
『狼と香辛料』の世界観、産業革命前にしては、文明がずいぶん遅れている。羊を移動させているし、共通した貨幣がない。基本的な通過は銀貨で紙幣が出てこない。なにより共同体意識が強すぎる。
調べたら、狼と香辛料の舞台は、14世紀頃のヨーロッパをモデルにしているらしい。
ノーフォーク式は17世紀で、『狼と香辛料』の舞台は14世紀
…あれ?300年ズレてね?
そして、教科書をもう一度見る。
三圃式は、4-14世紀、
ノーフォーク式は17世紀ごろから
実は、世界史の教科書の農法論には、空白の300年がある!
【大学バージョンの農法論】
ということで、ここから、大学農学の農法論から考える『狼と香辛料』を話します。もちろん、高校世界史の知識補強にもなると思いますので、物語を知らなくても楽しめるように頑張ります!
(あ~、農法論出すの緊張する)
■三圃式農法(大学バージョン)
舞台はヨーロッパなので、地中海性気候と考える。
中世ヨーロッパでは、農地を、春巻き・秋播き・休閑地、の3つで分け、1年毎に変える。休閑地とは、何も作物を作らない土地のこと。
これは、土の栄養が足りなくなるので、農地を休ませる工程を踏まなければならず、農地の1/3が何も作物を作らない状態となる、ということだ。
しかし、休閑地をとっていても、土壌の栄養が足りなくなる。そこで、耕作地とは別に、麦が栽培できないような荒れた土地を永久放牧地にして、羊を放つ。そこで得た糞尿を麦畑の厩肥(きゅうひ)に使う。厩肥とは、集めた糞尿を畑にまくこと。
この永久放牧地は、集落で共同所有していた。(ここ重要!)
永久放牧地を利用しないと、農民は生きていけない。集落で永久放牧地を共同所有しているということは、集落から逸脱すれば農民は生活ができなくなることを意味する。
三圃式農法により、農民たちの共同体意識が強く芽生えるのも想像がつくだろう。共同体意識の強めるために神話や宗教がうまく作用した。
ホロが生まれた理由もこれで分かった。
これが正確な三圃式農法で、4世紀から約1000年間続いたと言われている。
ホロちゃんは三圃式農法の豊穣の化身だったんだなぁ…
■三圃式=カーニバル
三圃式の時代は、家畜が冬を越す飼料が確保できなかった。家畜に人間の食料である麦を食わせるわけにはいかない。
秋になると、来年の種用となる羊と牛を残し、他は屠殺してハムやベーコンなどに加工した。胡椒をはじめとする香辛料が異常に珍重されたのはこの肉類保存ためであった。
これで、なぜ『狼と香辛料』の物語に「香辛料」が入っているのか、お分かりいただけた?
カーニバルというのは、日本語では、「謝肉祭」と言う。キリスト教では、宗派にもよるらしいが、キリストが生まれるイースターの日まで、肉を40日断食するという儀式がある。
大量に屠殺した家畜を食べるのが謝肉祭。
※カーニバルと三圃式の関係は、講義で教わっただけで、出典が見つかりませんでした!すみません!分かる人いたら教えてくれたら嬉しい。
TOMOMIさんに朗報?
ヨーロッパでは農工大学が農学を研究する。三圃式農法を知ると理由は分かるよね?
加工から農学が始まったのがヨーロッパ。
農学=食品加工だった。
TOMOMIさんは食品工学の研究室出身です。彼女は、ヨーロッパ式の農学を学んだということですね。かっこいい!
ちなみに日本の農学は経営の視点から始まります。農民たちの生活を豊かにすることを考えたのが日本の農学です。そこに理系も文系もありません。しかし、今は農学といえば理系かな?
(学徒出陣で農学の文系学生がごっそりいなくなったから、農学は理系のものになったのかなぁ?…これは仮説ね。)
ということで、大学院で文系となったCHIEの学位は経営学なのです。農学博士ではないのです。
自分のことを農学系博士って雑な言い方しているのは、このためです。ちょっと悔しい。
■ノーフォーク式輪栽農法(大学バージョン)
イギリスで産業革命が興ると、農法も変化する。春巻き、秋まき小麦、赤クローバー、ターニップ(肥料かぶ)の4種類を輪作することで、休耕地が無くなり効率が良くなった。
家畜は家畜小屋で飼育して、糞を肥料にする。これを厩肥(きゅうひ)という。ターニップは家畜用の飼料として栽培した。
ノーフォーク式が発展するきっかけとなったこと
・短床犂と四頭立て馬車による作業の効率化 →出典の不足、すまぬ
・暗渠排水(あんきょはいすい)によって土壌の水はけが向上したことと、筋蒔きの開発による排水効果・除草効率の上昇
・ハーバーボッシュ法による化学肥料の開発、窒素が人工的に作られるようになった。
・エンクロージャー(囲い込み)による二重の意味での自由な労働者の出現と本源的蓄積。これにより、挙家離村(きょかりそん)がすすみ共同体が消滅した。挙家離村とは、一家全員で引っ越しすることです。
…ここ、本当はもっと説明したかったけれど、ホロちゃんと関係ないからサラッと流しました。悔しい。
■三圃式農法→ノーフォーク(?)
さて、ここまで高校世界史の流れに沿って、大学農学で知識を補強する形で農法論をまとめてみました。
新農法とは、ノーフォークでした!
って言われてもちょっと納得いかないよね?
それにしても、三圃式から、ノーフォークにいくまでの流れ、文明ぶっ飛び過ぎじゃありませんか?
そもそも300年の空白はなに?
予告 9/10配信
ということで、次回は、空白の300年の間に、なにが起きたかについて解説します。
「新農法」の答えまでいけなくてごめん!
次の配信の9/10(金)まで待ってて!
CHIE
【参考文献】
※動画中に不正確な参考文献の引用がありました。正しい表記は以下のとおりです。お詫びして訂正いたします。
支倉凍砂『狼と香辛料』電撃文庫,2006年.
加用信文『農法史序説』御茶の水書房,1996年.
鯖田豊之『肉食の思想:ヨーロッパ精神の再発見』中公新書,1966年.
監督・脚本エルマンノ・オルミ『木靴の木』1978年公開.
カール・マルクス『資本論』
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