不死身の日本兵から学ぶ 【後編】
こんにちは。
Parole編集部です。
第二次大戦中、数々の修羅場をくぐり抜け、
奇跡的に生き残った、
まさに"不死身の日本兵”の象徴のような人物であった、
舩坂弘。
その強さの秘密は、
「死を超えた力」を発動させることに
あったのかもしれません。
では現代に生きる私たちは、
どうしたらその力を使うことができるようになるのか。
不死身の日本兵から学ぶ 【後編】では、
そのためのヒントを
祓い・鎮魂・言霊の中に探っていきます。
前編に続き、
身近なところから気づきを得られる後編も
ぜひお楽しみに。
死を超えた力・・
ほとんどの方はそれを使わずに死んでいきます。
死を恐れ、死から逃れようとすることで、
そこを超えられないのです。
しかし、死と向かい合い、
それを超えた時に何が起こるのか。
本当の奇跡とは、
それによって起こるのではないでしょうか。
一方、その力は彼だけにあるものではありません。
人間であれば誰にでもあるものです。
しかし、そんな力があるとは誰も言いませんし、
むしろそうした力がないことを前提に、
世の中の大半の教えはできています。
ですから、そうしたありきたりの教えを実践しても、
奇跡は起きないわけです。
これまでのお話を祓いや鎮魂、言霊に
当てはめてみますと面白いことがわかります。
「祓いで結局、何を祓うのか」というテーマにおいて、
ここで大胆に「命」としたらどうでしょうか。
「命」を祓ったら、何が残るでしょうか。
「死」でしょうか。「無」でしょうか。
いずれにしましても、
それは祓いの究極かもしれません。
障りでも穢れでも悪霊でもありません。
この場合祓うのは、自分の「命」そのものです。
言い方を変えれば、
障りも穢れも命あってのものであり、
悪霊ですら、命がなくなれば、怖くも何ともありません。
では、「命」を祓うつもりでお祓いを上げたとして、
本当に命がなくなるのかというと、そうではありません。
(肉体はまだここにあるのですから)
その際は、「命」にまつわる一切合切の思いを祓う
ということになりますが、
本当に命がなくなってもいい
というレベルまで行きますと、
そこから新たな命が芽生えます。
生死を超越した命とも言えるでしょう。
すると、そこに「死を超えた力」
があることがわかります。
それを何と呼んだらいいでしょうか。
思い浮かぶのが、
「命を生む命」という言葉です。
言霊学を学んでいる方は、
ここで言霊「イ」を思い出す人もいるでしょう。
言霊「イ」とは、伊邪那岐大神でもあります。
ただの「命」ではなく「命を生む命」。
同時に「イ」は「意志」を示すものでもあります。
舩坂弘にはそうした本物の意志の発動が
あったのかもしれません。
私にはそれが魔神の振る舞いにも見えるのですが、
肉体人間の究極の姿と言えなくもありません。
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ここで話を一般のレベルに落しますと、
たとえば病気の例。
病気で亡くなる方は、
病気で亡くなっているように見えて、
実は、この辺で死のうと決めている
という説があります。
つまり、自分の意志でそうしている
ということですね。
ですが、看護師さんの影響も
かなりあると聞きます。
看護師さんが患者に、
もっと生きましょうという意志を入れると、
患者もその分長生きするとのこと。
その時に、意志が共鳴して、
患者本人の意志も強まるのでしょう。
けれども、
その看護師さんが転勤とか退職でいなくなると、
その翌日に患者は亡くなってしまうそうです。
中村天風も言ってました。
銃弾を受けて死なない人間もいれば、
かすり傷で死ぬ人間もいると。
結局、意志だ、ということですね。
というわけで皆さんの意思は、
今どこにあるでしょうか?
次回は、自衛隊の特殊部隊がなぜ強いのか、
米軍の特殊工作部隊がなぜ敵わないのか、
その驚くべき秘密を探ります。(了)
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※今回の記事は、Paroleの監修責任者である大野靖志が、まぐまぐ!の有料メルマガ「大野靖志の『週刊デジタル真道』vol.08」にて執筆した記事を特別に公開させていただいたものです。
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