五次元に真を通す「金」 ─ 陰陽五行と美術作品
執筆:美術家・山梨大学大学院 教授 井坂 健一郎
位相幾何学が変形自在の「相」を生む
金は古代から永遠、不変を象徴するものとして、寺院建築や仏像彫刻に使われてきました。平安、室町、安土桃山と、日本文化の浸透とともに中国伝来の製箔技術が日本独自のものとして定着し、今日まで発展してきたのです。
その金を扱う作品シリーズを持つ現代美術家の関根伸夫は、位相幾何学(空間が連続変形しても変化しない性質を研究する数学の一種)を自身の重要な概念として制作を展開してきました。
関根は、位相幾何学的空間が美術における「造形すること」を根底から揺るがし、形を固定のものとして考えずに伸縮変形が自在の「相」として捉えることを提示しました。
関根作品の「位相絵画」シリーズは、この「位相」の概念を「空間としての絵画」に表現したもので、和紙を重ね合わせた支持体に切れ目や傷を入れ、金箔などを貼り込んで作品として成立させています。
空(くう)に誘い込む月の影
関根の金箔を使用した作品「月影」は、画面に傷をつけたり、破ったりする行為をしたあと、その表面を金箔で封印したものです。
画面の中央よりやや上部に穴を開けていますが、この作品の注目すべき点はここにあります。
穴を開けた際にできた円形のパーツをその穴の下部に移動して貼り付けています。この行為が関根独特の「位相」ということなのですが、タイトルではその穴を「影」としているのです。
本来、影は物理的に存在するものに光が当たることによってできる事象であるわけですが、関根がこの作品で創り出す影は「月影」と題していることから、月が存在した場所、すなわち一瞬の月の痕跡ではないかと考えられます。
そしてその影は「空(くう)」として表現され、その向こう側の次元へ誘い込むブラックホール的な存在になっています。
「月影」の周囲の金箔の表情は、無数の星の軌跡であるかのようにも見え、宇宙全体の呼吸を感じさせています。
自然、地球、そして宇宙への金言
作品「G25-14_Flower」は、画面中央に三角形の穴を開けて、さらにその周囲にも不定形の穴を幾つか開けています。
この三角形の面積に存在していたパーツを細分化し、さらにその三角形の周囲の不定形と合わせて、作品の隅の四辺に並べて貼り付けています。
この表現は前述の「月影」と同様に、関根独特の「位相」なのですが、「月影」をブラックホールに見立てたものとは異なり、花びらが散りゆく様を表現しているのではないでしょうか。
中央の三角形は、関根が位相幾何学を重要な概念としていることの象徴であり、自然界に存在する形状の一つとしての抽象表現でもありましょう。
この作品での金箔は、金箔を施す前の関根の造形行為を覆い隠すためだけではなく、自然が、あるいは地球が、さらには宇宙が永遠であることの象徴的なメッセージでもあり、人類に対する美しき金言とも取れます。
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【井坂 健一郎(いさか けんいちろう)プロフィール】
1966年 愛知県生まれ。美術家・国立大学法人 山梨大学大学院 教授。
東京藝術大学(油画)、筑波大学大学院修士課程(洋画)及び博士課程(芸術学)に学び、現職。2010年に公益信託 大木記念美術作家助成基金を受ける。
山梨県立美術館、伊勢丹新宿店アートギャラリー、銀座三越ギャラリー、秋山画廊、ギャルリー志門などでの個展をはじめ、国内外の企画展への出品も多数ある。病院・医院、レストラン、オフィスなどでのアートプロジェクトも手掛けている。
2010年より当時の七沢研究所に関わり、祝殿およびロゴストンセンターの建築デザインをはじめ、Nigi、ハフリ、別天水などのプロダクトデザインも手がけた。その他、和器出版の書籍の装幀も数冊担当している。
【井坂健一郎 オフィシャル・ウェブサイト】
http://isakart.com/
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