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車椅子レーサー、 タチアナ・マクファデンにおける“超適応”

執筆:ラボラトリオ研究員 杉山 彰

車椅子レーサー、タチアナ・マクファデンにおける、“超適応”の意味するところを紐解いてみたいと思います。その前に、まず“超適応”を定義してみます。

《参考URL》
NHKスペシャル5min. ミラクルボディー「驚異の人体“超適応”車いすレーサー タチアナ・マクファーデン」より(2020年10月17日放送)
https://www.nhk.or.jp/special/plus/videos/20201016/index.html

“超適応”とは、「現在用いている既存の神経系では対応しきれない脳や身体への障害に対して、脳が、進化や発達の過程で使われなくなった潜在的機能等を再構成しながら、新たな行動遂行則を獲得する過程※1」と定義されています。難しい。
ま、簡単に言ってしまうと、私たちの脳は、私たちの意志と意識でいくらでも思い通りに進化してくれる、ということです。

たとえば生まれながらにして中指と人差し指がつながって、指が4本しかない人の脳を調べてみると、5本目の指に対応する脳の機能が存在していなかった。しかし、あるとき手術をして中指と人差し指を切り離して5本の指が使えるようになると、一週間もしないうちに、5本目の指に対応するように脳が自発的に進化したのだった。脳のどの部分が、身体のどこの部分と対応しているかという、いわば脳の地図は、ペンフィールド※2のホムンクルス※3として作成されています。

※1.「身体-脳の機能不全を克服する潜在的適応力のシステム論的理解」/東京大学・大学院工学系研究科人工物工学研究センター・教授 太田順

※2.ペンフィールド:人間の身体の、さまざまな部位の機能が、大脳のどこに対応しているかをあらわす「脳地図」を作成したカナダの外科医。

※3.ホムンクルスとは、大脳皮質の比率にしたがって、体の大きさを変形してあらわした図。身体の各部位の機能を受け持つ範囲が、大脳でどのくらいの割合を占めているかを示す。

図1

しかし、この脳の地図は五体満足で生まれてきた人の脳の地図であって、先天的に、例えば手足に障害があった人の脳の地図には、手足を動かすために必要な脳機能は存在していません。この現象は、「進化しすぎた脳」を著した池谷裕二氏は、

脳の地図はかなりの部分が後天的に形成されたものであって、言ってみれば脳の地図は、脳が決めているわけでなはなく、身体が決めている

と述べています。
ここが大事なところです。脳は、身体(五体)からの運動や視聴覚情報によって、脳そのものの働きの機能を形づくっていく。脳の地図を自らがつくっていく、というのです。そして、さらに“脳というのは一回、脳の地図ができあがったら、それでもう一切変わらないという四角四面な構造ではなく、身体を通して入ってくる情報に応じて臨機応変にダイナミックに進化する”、ということも述べています。

ここで話を、タチアナ・マクファデンに戻します。もちろん、マクファデンはこの脳と体の仕組みを知る由もありませんでした。マクファデンは生まれつき脊髄に障害を持って生まれたため、歩くことができず、本来は車椅子が必要でした。しかし、当時のロシアでは車椅子の入手が難しく、ベッドで寝たきりの生活を余儀なくされたのですが、マクファデンは違っていました。逆立ちで歩いたのでした。3歳から6歳という、脳が最も変化しやすい頃に手を使って逆立ちをして、施設を歩き回っていたのでした。なぜ逆立ちで歩き始めたのか。これはマクファデンに備わっていた、もしくは受け継がれていた、何らかの因縁(遠津御祖神)としか言いようもありません。

この結果、マクファデンの脳の地図にどのような変化が起きたのか?
それは本来なら、足の機能をつかさどるべき脳の場所へ、手を使って歩くという情報を送り続けたわけです。逆立ちで歩くためには、片手で体重を支え、体幹でバランスをとりながら、もう片方の手を前に出すという動きが必要でした。脳の変化の大きい時期に逆立ち歩きをしていたことが、マクファデンの脳に広範囲での“超適応”をもたらしていた。“超適応”によって可能になった上半身の精密な連動は、動きは、やがてビーストアタック(野生の覚醒)を生み出していったのでした。

手を足代わりに動かすことによって、本来、反応するはずのない、足をつかさどる場所が“超適応”し、体幹をつかさどる場所が“超適応”したのでした。

本来、足の動きをつかさどる脳の領域が“超適応”して、足代わりとして使っている手の領域の脳機能が、足の動きをつかさどる脳の領域として繋ぎ変えられたのでした。

そして、マクファデンにとって幸いなことが、この“超適応”が機能した時期というのが、脳がもっともダイナミックに発達すると言われている、3歳から6歳のころだったことでした。マクファデンは“超適応”のことなど知る由もありません。ただ無意識のうちに、足が使えなければ、手を使って逆立ちするという意識進化を子供心のうちに身につけていたのでした。この時期、脳の中では1秒間に100万回もの神経回路がつくられています。

私たちの脳は、脳と身体との二人三脚で進化発達してきた賜物です。哺乳類だけが有する大脳新皮質は、2億年前に、脳細胞のDNAの突然変異により異常発達したものです。異常発達した大脳新皮質は、それまでの大脳旧皮質に比べて、大量の情報(身体からの五感情報)を蓄積することができたのです。とくに言語による意識進化は想像を絶するものがありました。

再び、話をマクファデンに戻します。マクファデンは、自らの脳がもつ“超適応”についてなんら意識することなく、無意識のうちの自発的な行動によって、驚異の身体能力を手に入れることができたわけです。そして、さらに驚くべきことに、マクファデンの“超適応”は、脳以外にも、下半身の血流の改善にも及んでいたのでした。下半身が動かないということは、下半身の血流を阻害する原因になります。下半身の血流の阻害は血栓を発生させ、その血栓が心臓へつながる動脈に飛んで血管をつまらせれば、心筋梗塞となって命を失いかねません。また、脳へつながる血管へ飛んで血管をつまらせれば、脳梗塞となって命を失いかねません。

マクファデンが無意識のうちに行っていた過酷なトレーニングの結果が、新たに心臓への新しい血管のパイパスをつくりあげるという“超適応”につながったのでした。もちろん、この現象に脳の働きが関与していたことは言うまでもありません。マクファデンの場合は、この“超適応”も無意識の産物でした。ここがとても重要なところです。

マクファデンの、この2つの“超適応”の事実は、我が国の脳情報科学者である内藤栄一氏によって、明らかにされたのでした。その結果、マクファデンは知らず知らずにのうちに、自らの脳に起こった“超適応”を明確に認識し、意識下におく経験知を獲得することができたのでした。そして同時共時に、このNHKスペシャル番組を観たすべての人たちが、この“超適応”の仕組みを理解できたのです。マクファデンは、はじめから脳のストッパーを外すことをしていたのではなかったのでした。

無意識のうちに行っていた訓練によって、タチアナ自身の脳が、自己組織化したのでした。そして、そのことを科学的な検証によって、自らの潜在的な能力であったことに気づくことにより、脳が無意識のうちに進化していた現象を意識下におき、自らの脳を自らの意思で進化させるすべを理解したのです。・・・そして意識進化を遂げたのでした。

私たちの脳は、日々、毎日変わっていきます。自発活動が起こって、その活動にもとづいて脳回路は、それ自身を書き換える。つまり自己書き換えが起こるのです。そして二度と同じ状態はとりえない。私たちの思考も同じです。過去の自分と、今の自分は違います。脳の中ではシナプスの機能やつながり具合が、日々、変わっているのですから、今この瞬間から意識進化を目指せば、“超適応”という脳の潜在的なパワーを活用して、顕在化させて、マクファデンのように、未来に、新しい自分を見出すことができるのです。私たちは、誰でもがマクファデンが手にした“超適応”の成果を手にすることができるのです。

自らが、自らの脳の機能と働きを理解し、そして脳の潜在的な能力をフルに活用する日常を築き上げていく。

考えてみるまでもなく、ロゴストロンは、そのための、きわめて理想的な意識進化支援ツールとして機能するわけです。

《“超適応”に関する、関連記事はこちら》

・脳を根拠にして肉体にも“超適応”ができるのなら、情緒、感情の“超適応”もできるだろう...
https://parole.laboratorio.ltd/n/n23002c85f601

・『はふりこと解説』〜“超適応”とは何か?https://parole.laboratorio.ltd/n/nfa013e16c748

・いかにして「超適応」状態にもっていくのか

https://parole.laboratorio.ltd/n/n1054286e226e

・自らのリミッターを外すために
https://parole.laboratorio.ltd/n/ne61e143f00ab

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【杉山 彰(すぎやま あきら)プロフィール】

◎立命館大学 産業社会学部卒
 1974年、(株)タイムにコピーライターとして入社。
 以後(株)タイムに10年間勤務した後、杉山彰事務所を主宰。
 1990年、株式会社 JCN研究所を設立
 1993年、株式会社CSK関連会社 
 日本レジホンシステムズ(ナレッジモデリング株式会社の前身)と
 マーケティング顧問契約を締結
 ※この時期に、七沢先生との知遇を得て、現在に至る。
 1995年、松下電器産業(株)開発本部・映像音響情報研究所の
 コンセプトメーカーとして顧問契約(技術支援業務契約)を締結。
 2010年、株式会社 JCN研究所を休眠、現在に至る。

◎〈作成論文&レポート〉
 ・「マトリックス・マネージメント」
 ・「オープンマインド・ヒューマン・ネットワーキング」
 ・「コンピュータの中の日本語」
 ・「新・遺伝的アルゴリズム論」
 ・「知識社会におけるヒューマンネットワーキング経営の在り方」
 ・「人間と夢」 等

◎〈開発システム〉
 ・コンピュータにおける日本語処理機能としての
  カナ漢字置換装置・JCN〈愛(ai)〉
 ・置換アルゴリズムの応用システム「TAO/TIME認証システム」
 ・TAO時計装置

◎〈出願特許〉
 ・「カナ漢字自動置換システム」
 ・「新・遺伝的アルゴリズムによる、漢字混じり文章生成装置」
 ・「アナログ計時とディジタル計時と絶対時間を同時共時に
   計測表示できるTAO時計装置」
 ・「音符システムを活用した、新・中間言語アルゴリズム」
 ・「時間軸をキーデータとする、システム辞書の生成方法」
 ・「利用履歴データをID化した、新・ファイル管理システム」等

◎〈取得特許〉
 「TAO時計装置」(米国特許)、
 「TAO・TIME認証システム」(国際特許) 等

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