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(小説) ゆらぎ (前編) 1.花火

     1.   花火

 父は、珍しく酒に酔っていた。普段めったに飲まない人なのだが。
ゆったりと、父手作りの夕食を食べながら夏の花火を見た。小さな町なので、自宅のデッキから海で上げる花火が見えた。地の利か、東京湾沿岸で上がる花火が、何カ所かで同時に見えた。横須賀、逗子、八景島、富津岬、上総湊、木更津、マザー牧場とかである。
私が生まれ育った浦安では、ディズニーランドの花火を毎日のように見ていて、花火そのものには特別な感情は湧かなかった。それと較べると規模は遙かに小さいのだが、田舎の漁師町風の風情があって味わい深かった。進行速度が違う。ゆっくりなのである。間が空きすぎていて、浦安だったらブーイングだろうけど、此処では、みんなノンビリ、次の花火が上がるのを待っている。

自分で建てた家の自慢のデッキの上で、夜の東京湾を眺めながら、娘と飲み交わすのは気分がよかったのだろう。ひょっとしたら初めてだったのかもしれない。父とお酒を飲むのは。

建築事務所の職場にも慣れてきて、父の別荘、いや父の家を訪問するのは久しぶりだった。美大の建築科を卒業して建築事務所に就職したのだった。やっと、休める余裕が出てきていた。

父は、私の母と離婚した後しばらくしてから、父の母、つまり、私の祖母の介護を理由に丸の内の職場を早期退職して、郊外に移り住んでいた。
ハーフビルドで、大工さんたちと一緒に家を建て、ギャラリー&カフェを営んでいた。都会ならともかく田舎町では、ギャラリーだけでは成り立っていかなくて、客にせがまれるままカフェも開始し、ランチまでも提供していた。
朝、未だ暗いうちから仕込みを始め、人気作家の展示の時など、閉店後も食器洗いなどで深夜迄立ちっぱなしで働くという生活だったようだった。

そんな中、私が訪ねるというので、臨時休業して付き合ってくれた。そんなオフの気分も手伝ってか、酔ったのだろう。

花火の後の満天の星空の下、遠くに漁火が瞬きしていた。漁火のゆらぎを眺めながら、私の職場のことや、私の祖母のことなど話しているうち、父と祖父母三人の昔話になった。父は、ひとりっ子だった。


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