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市営遊園地戦隊ヤミーズ

 僕がこのバイトを始めたのは、社会人になるまでのリハビリと思って応募したまでだ。中学校では人気者で生徒会長にまでなったのに、高校生になった途端になにもかもうまくいかなくなった。

今はほとんどの地域ではなくなってしまったかもしれないが、朝課外という0時限目の授業が本当につらくて仕方がなかった。家から学校に着くためにはこの電車に乗らなければならないのだが、どういうわけか僕をえらく気に入っているおばさんが毎朝同じ電車に乗っていて、すごく気持ちが悪かった。今となってはなにをされたか覚えてないし、と言っても警察に突き出せるほどには迷惑をしたつもりはないけど、おばさんが嫌いだった。
最初は真面目に予習とか宿題とかやっていたけれど、そのうちやらなくなった。怒られるという儀式を通過すれば先生たちが諦めてくれるからだ。最後まで僕を怒鳴りつけた先生もいたけど、よくやりますねえ、としか思わない。今後振り返ることもないだろう。
受験生になると放課後補習もある、そして夏休みは体育祭もあるので実質お盆の一週間しかない、その一週間にも宿題が詰め込まれる、などと言った話を盗み聞きして、僕は高校をサボろうと決心した。

両親は何も言わないし、僕も当時はお金のかかる趣味を知らなかったので、通信制の高校に転入して、するするっと高校生を終わらせた。大学に入るか、フリーターになるか、悩んでいる内に高校を卒業してしまったのでしかたなくフリーターをやることにした。ゆくゆくは正社員雇用されたいという気持ちはある。でも箔がついてないのでとりあえずはコンビニで働こう、と思ったら仕事が覚えられなくて首になった。いまだにショックが癒えていない。何度もバイトの面接を受けて、その分落とされて、自尊心はすり減っていく。そんな中で唯一受け入れてくれたのがこの市営の遊園地の、戦隊もののキャストのバイトだ。

バイト先の遊園地はまあまあ寂れている。アトラクションがサビだらけだし、日焼けも酷い。そこで休日に行われるヒーローショーがその遊園地の目玉のひとつ。他に目玉を僕は知らない。スピーカーから流れる音声に合わせて何か動いて敵を倒せば、あとはクーラーの効いた控え室でずっとジュースとお菓子をたべることができる。稽古はあるようでない。完成度に対するハードルが低い。何かと考え方が緩い。そんなことだから後々破滅するのだろうけど、その緩さに救われている僕がいる。

「おい、切れ痔レッド。早くトイレ替われ」
「また下痢ですか。何回ブロンでODするんですか」
「うるせえ、彼氏が浮気したんだ、飲まずにやってられるか」
「いつものことじゃないですか。今からウォシュレットしますね」
「お前の洗浄は10分くらいかかるじゃないか」
「きいちゃん、来場者用の使ったほうが早いんじゃないの~」
「ももちゃん、もう変身しちゃったよ」
「上着貸してあげる」
「あざっす。行ってきます」

 なんと、ここで僕はレッドなのである。二枚目を期待しないでほしい。この覆面は剥ぐ必要がない。僕が高卒で若くて男だからこうなっただけである。実際は……例えば無差別殺人事件を起こしたような犯人と大して身なりは変わってないのが最近ショックだったのだが、つまりそういうことだ。
 ブロンという咳止めを用法用量を守らずにガンガン飲むと、死ぬらしい。醤油を一気飲みすれば死ぬみたいな都市伝説があるけど、それを現実味を帯びたのがブロンだな。そんなブロンで何度も死ぬ死ぬ詐欺をしているのが、イエローをやっている町村紀衣だ。僕より一個上。最初はすこしだけいいな、と思っていたけど気がつくといつも大便の話題しかしないので何とも思わなくなった。彼氏が浮気して悲しむのは仕方ないが、この人も実は浮気性なので読者のみんなは言葉を信用しないでほしい。
 藤崎桃子さんは体格が良い。お色気担当のピンクだ。しかし二児の母である。僕とそこまで年齢は変わらないけれど、社会経験も豊富で、ここに来る前は公務員をやっていたらしい。しかも上級。そこで旦那さんと出会い、結婚し、離婚し、今に至る。実家に子供を預けて、休日の昼はヒーロー、それ以外はタクシードライバーとして戦っているんだとか。不思議な経歴の持ち主だ。
「ちっす。今日は7時上がりでいいですか」
 この人はチャラ男というか人類の中でも最も要領のいい人種である、佐々木芳樹だ。佐々木さんは30歳になっているが、ここだけの話まだ童貞らしい。佐々木さんは青だ。
「ダメでしょ、ちゃんとシフトは守らないと」
 この人は裏回し的にリーダーである、黒の虹村直哉さんだ。この人は40歳くらいになっている。一目見ただけでこの人はいい人だ、とわかるような人で、実際頼りになるすごくいい人だ。
 そして僕、レッドは、東幸登(20)で、市営遊園地戦隊、ヤミーズができあがる。毎日市営遊園地で3時と5時に30分間ショッカーと闘っている。ショッカーは日雇い労働者が多い。掃き溜めに溜まったようなおじさんたちに、市営遊園地の職員は一杯カップ酒を提供する。流動的な顔ぶれで、なんやかんやでレギュラーキャスト5人だけでつるんでしまう。

 この小説が僕ではない誰かに書かれることにより、僕は急になんでみんなこのキャストをやってるのか気になった。
 僕はそれぞれにインタビューすることにした。

「町村さん。なんでこのバイトやってるんですか」
「なに急に」
「いや、気になって。もうこの際だし言っていいんじゃないですか。僕も町村さんも2年はやってるでしょう」
「実は、めちゃくちゃこの仕事が好きなことがバレるけど、いいよ」
「じゃあ何ですか」
「彼氏がホストだからキャスト側の気持ちがわかれば、喧嘩に勝てそうな気がして」
「なんすかそれ」
「あんたみたいな童貞にはわかんないんでしょうけどね、たまに言われることがあるの。お前に俺の気持ちがわかるか、みたいな」
「なるほど」
「わかるけどね~みたいな。彼氏は私が何やってるかいまだに正確に認知してない。遊園地がわざわざ戦隊ショーやってるなんてありえないとか思ってる」
「確かにまあ、赤字でしょうけどね」
「こんなコアなバイト他にないでしょ。それは藤崎さんも思ってることだろうと思うけどね」
「っていうか、正直、彼氏からそんな認知度でうまくやっていけるんですか」
「うるせえな。余計なお世話だな。でも正解だな。ホストを食ってるのは反省事項で、1年に一回彼氏が変わってるからな」

 町村紀衣がタバコを吸いに行ったところで。

「あの、すみません、藤崎さん」
「なに。今旦那にライン打ってるからちょっと待ってて……。
はいどうぞ」
「なんでこのバイトやってるんですか」
「最近、マンション高くて。ぶっちゃけ仕事辞めて二人出産して、あとは貯金と旦那の稼ぎでどうにかなるかなと思ってたんだけど甘かった」
「そうなんですね」
「それに、楽しいじゃない。このバイト。だからみんな仕事をするのよ。東くんもそうじゃない?」
「俺は、働けりゃなんでもいいかなと思ってます。でも、楽しいですけど」
「佐々木くんがなぜこのバイトにありつけたか謎だけど。」
「それもそうっすね」

「佐々木さん、なぜこのバイトをやってるんですか」
「なに。YouTubeでも撮ってんの」
「そんな暇じゃないです(笑)」
「俺は、ね、この遊園地の会社の幹部の息子で……」
「え、なんすかそれ」
「なんてな。嘘」
「なんだよ~もう」
「まあ、近所なんだよね。昔からこの土地がやけに好きだったし。西鉄が面白い取り組みやってんな。と思ってバイト面接受けた」
「それまで何してたんですか」
「まあ。プータロー的な。どうにかなるだろと思って生きてたけど、今思えばどうにもなってないこと多かったな」
「まあ僕もそうですね」
「まあ今もそうなんだけど」
「はははは」
「虹村さんにも聴こうよ」

「虹村さんは山口の人ですよね。どうやって福岡に来たんですか」
「大学が福岡なんよ。中洲産業大学で」
「まあまあ。はい」
「要するに、まじめに働くって、無茶言われることなのよ」
「俺は言うこと聞きたくても、体が反応して、蕁麻疹できまくりなんだよね。山口時代」
「ほう」
「お金貯めて、こんな田舎出ていきたいな~とか、大学楽しかったな~とか思って。で今実現できてるんだよ」
「へえ。夢の到達点なんですね」
「そそ。幸登は? なんか夢ないん?」
「夢ねえ」
「車買いたいとか無いの?」
「免許取ってないですね」
「そっか。運転はリスクだしな」
「正直、彼女欲しいです」
「俺なんかは、風俗行って無理矢理経験したけど。のんびりでええからなそんなん」
「そうですね」
「今日は営業終わったらもう帰る?」
「そうですね。飲みます?」
「あ~ 今日は厳しいかもな。誘っといてなんだけど(笑)」
「じゃあ、僕着替えます」

 僕はアルバイトを通して、人に恵まれている、と感じている。毎日着替えて、喋って、お菓子食べて、ショッカーを倒して、着替えて、たまに虹村さんと飲んで帰るのが、ルーティンとなり、日々の生活に活力が出ている。一時期は、僕なんて世の中でどうしようもないやつなんだとか思ったこともあるけど、日が経つにつれてそんな怨念みたいなものも薄れてしまった。

 今日の営業は、ショッカーの一人が二日酔いが悪すぎて動きのキレが悪く、ビクビクしていたが、平日だし誰も見てなかった。

 そんな日に、西鉄の社員が楽屋に入ってきて、険ある眼差しで、この遊園地は来年閉園します、と言った。
 僕は愕然とはしてみるもんだが、雇用形態的に長くやれる仕事でもないので、次探すか、と思った。
 バイトをこなしていくと、終わりが近づくが、僕以外次の仕事が見つからなかった。
 町村さんはバンドマンの子供を妊娠して、藤崎さんは子宮頸がんが見つかって療養して、佐々木さんはどういうわけか面接に落ちまくり、虹村さんに至っては突然死した。
 僕も面接を控えているけど、戦隊ファンの女にストーカーされて二の足を踏んでいる。
「ね、東幸登くん。うちが働いて食べさせてあげる」
 そう言われて、悪くはないのだが、西鉄の方針上返事ができないのである。僕としては全然困ってないのだが、僕がいなくなったらどうなるのだろうとか思いながら様子を見る。見るだけ。
 別に僕から切り出したわけではないが、町村さんがファンのDMでセクハラしてくるやつがいるみたいな話をしていて、話を聞いてみたけど、端から相手にしてないらしい。藤崎さんが「セクハラでどういう立振る舞いをするかで出世が決まる」とか言ってたけど、出世したいわけではない。女の子に振り回されたいだけなのである。佐々木さんはやっぱり西鉄の幹部の息子らしくてだから面接に墜ちるんだ、みたいな話をしていたけど、家に食わせてくれるならいいじゃん、と思う。
 僕は契約期間が終わるのをただひたすら待っていた。
 西鉄の社員がまた楽屋に入り、こんどグランピングモールを作るので、そのスタッフにどうか? と言われた。
 結局僕は演者なんだな、どこにいても。と思った。僕は演者になることにした。ファンと繋がることは諦めた。
 それから僕はグランピングモールに往ったり、また遠方の遊園地に行ったり、いろんな経験をした。しかし、虹村さんのような青春はいまいちわかんなかった。僕は貯金もせず食いたいものを食い欲しいものを買った。それでも若さは潰えない。いつまでもだだっ広い海をちびちび泳いで渡るのに、虹村さんのような目に遭わない。これがZ世代の在り方なのかみたいなことも考えなくはないけど、これくらいしかやりようがない。まあこれはこれでしあわせと呼べる、よな……。