どんな風に伝えればいいのか?〜中学生との対話 後編
Fさん:
今のメディアは偏った報道をしてしまっているけれど
報道する人たちは両面から伝えることが必要で
そのメディアを見てる人が判断できるようにするということですけれど
バランスを取るのって難しいですね。
ボグダン:
僕はマクドナルドのポテトが大好きなんですけれど笑。
マクドナルドポテトばっかり食べていたら、絶対体によくないじゃないですか。
じゃあ逆に、新鮮な野菜ばっかり食べたらいいのかっていうと
それはそれでまた違うじゃないですか。
ちゃんとタンパク質も摂らないといけない。
一種類のものだけを摂りすぎると偏る。
全てに対してそう言えると思います。
メディアにしても何にしても、バランスをとること。
これが重要だと思う。
Fさん:
今メディアではウクライナの戦争のニュースが中心でとりあげられていますけれど、世界で起きてる戦争ってウクライナだけじゃないじゃないですか。
パレスチナでは何度も戦争が繰り替えされて、その度に難民となる人がたくさんいる。
でもそれういうことって日本ではなかなか報道されていなくて。
今回ウクライナの難民を日本で受け入れるというニュースが出た時、
ロヒンギャ難民とか今まで受け入れてこなかったし、ニュースにもならなかったのに、ウクライナの難民についてはなぜこんなに受け入れられることになったんだろうと思ったんです。
それはなぜだったんでしょうか。
ボグダン:
その事実を伝える人がいなかったんですよ。
例えばこの先に同じようなことが起きた時に
その事実を伝えれる人がまた出てくればニュースは伝わっていく。
今後もひどい現状を見せるだけの報道はされるんだと思う。
でもウクライナ人が国際女性デーの日に、
お母さんや奥さんや友達に花束をプレゼントしたりしているニュースは
メディアからは伝わっていないですよね。
日本の政府が難民の受け入れを決めたのも、僕らの活動が多少なりとも影響してると思っているんです。
これは自慢でもなんでもなくて、僕らの行動を見て応援してくれる人たちがいるじゃないですか。小さな力が集まって大きなうねりになっていくことを実感しているんです。
Fくんだって、僕のYouTubeとかTwitterを見てコンタクトしてくれたわけだもんね。
応援してくれる人たちが、いろんなところに働きかけをしてくれた結果が少しずつ現れているんだと思っています。
日本政府にとっても根本となってるのは国民でしょう。
日本国民がいて日本政府が成立しているわけですよね。
だから日本国民が動いたら、日本政府も動かざるを得ないわけですよ。
僕だけではなくて、いろんな国でいろんなウクライナ人が
それぞれに同じようなことをやってるから
色んな国からの助けが今ウクライナに集まっているのだと思います。
Fさん:
日本だったら日本の国民に対して
ボグダンさんが発信してくれているから
国民を、世論を動かすこともできたわけですね。
ボグダン:
ただ僕は発信しているというよりも情報を与えている、シェアしているだけなんです。
その情報を見た日本の方々が、それぞれに自分で行動を起こす。
そうすると政府が動く、日本政府がね。
そうすると難民支援が起きる。
そうするとウクライナと仲良くしたい日本の人が増える。
そうするとその目的にフォーカスが定まるから
それに向けて色んなアクションが起きる。
その一つが難民受け入れだから、
日本の人の考え方がとても変わったということなんですよ。
僕の話を聞いたり、ウクライナの人が頑張ってくれたおかげで。
Fくんみたいな日本の人たちが、動かしたんです。
今まで難民の受け入れをしてこなかった日本が、今回初めてのことですよね。
国民が動いて、国民の意思が政府に伝わって、判断されたという理解です。
ポジティブな循環の核ができた、ひとつの良い例だと思っています。
Fさん:
事実を両面から見られるようにという話がありましたが
両面から見た結果、日本の国民も自分たちで判断することができたし
その判断によって政府を政府が動くことになったということなんですね。
ボグダン:
そうです。
考え方が変わると現実が変わる。
考え方が変わるとどういうふうに行動するか変わる。
例えば、
今日は学校に行かないといけないっていう目的と
今日は休みだからどっかに遊びに行けるので
ゲームセンターに行こうっていう目的は違うものじゃないですか。
土曜日や日曜日。
学校がない時の行動と
学校がある時のFくんの行動は違いますよね。
だからまず目的があって、そして行動があって。
行動が変わると最終的なその現実
例えば今日はゲームセンターに行った
今日は学校に行ったって現実が変わる。
現実を変えたければ
行動を変えさせる。
行動を変えさせたければ
考え方を変えさせる必要がある。
繰り返しになりますが、
だから僕は考え方を変えさせるような工夫をずっとやってるわけです。
Fさん:
考え方を変えさせる工夫って例えばどういうことでしょうか?
ボグダン:
まず、今ウクライナで起きているひどいことを
自分の言葉で伝えること。
平等ではない、ウクライナが
苦労してる、大変な思いをしている
そういうことを伝えて
さらにそこの上でエビデンス、証拠を見せること。
証拠っていうのは写真だったり、画像だったり。
いろんな人の言葉だったり。
誰もがもうこれ以上何も言えないなっていうことを伝えている。
もちろんみんなが
無条件に僕の考え方に意見を合わせてくれるかといったら、
そういうことではない。
でも批判する対立するんじゃなく、
できるだけみんなと仲良くなって
自分の考え方を我慢強く伝え続けるということが大切かなと思っています。
結論言えば何でも忍耐強さが必要なんですよね。
基本的に怖いからそこから逃げるんじゃなくて
その怖い現実を変える必要がある。
それが大人としての僕らのミッションだと思うし
僕らの使命でもあると思う
単純に事実を伝え続けたら
人の考え方を変えることが出来るのか?
事実を伝えても、考え方はそう簡単には変わらない。
ただ事実を伝えていくことによって何かの発見がある。
その発見に対してまた議論をする。
そうすると今の現実の矛盾点が炙り出され、その現実とは違う現実を作りたいと言う気持ちになった時に、じゃぁ、どうその現実を作るのか。
そしてそれを実現するのか。
まず目的から定める。
例えば女性に好かれたいと思うじゃないですか?
じゃどうやったら好かれるかを考える。
そこで気に入られる為に花束をプレゼントしたいという
アクションが出来るとしますよね。
次はその目的に対して、花束をどこで手に入れようかを考える。
それがお花屋さんなのか、辺りの花を切ってプレゼントするのか。
最終的に花をプレゼントするというアクションを起こして、その女性が自分に関心を持ってくれる。そういう現実に変わるか、変わらないか。花をプレゼントしても、好かれるか好かれないかはどちらの可能性もあるけれど、実現したい現実を想像して行動してみるということ。どんなふうに行動するかを考えるということ。
それが大切だと思うんです。
事実だけ伝えることはアクションであり、議論したり、違う考え方をしてみたり自分で考える力を身に付ける事が考え方や価値観を変える上で重要かなと。
その中でそのきっかけを作るのが「事実」で。
「事実」は一つのトリガーとなり、人々の考え方や価値観を変える事につなげる重要なツールになります。
例えば何かが起きた時に出される数字がありますよね。
「ウクライナから200万人が逃げました」という数字があったとする。
200万人という数字だけ見たらちょっと怖いじゃないですか。
Fさん:
はい。
ボグダン:
でも200万人という数字を違う角度で見てみると、ウクライナの人口の約5%なんですよ。
報道される表現によって数字のマジックがあるんですね。
事実ではあるんですよ「200万人」という数字は。
でもそれは、全人口の5%って伝えられると違って見えてきませんか?
こういう考え方もできますよって、ウクライナにいる僕が言うと
みんなが落ち着いていくのがわかるんです。
コロナになる前は、年末や冬休みに日本でもたくさんの人が移動をしていましたよね。日本の何十%の人が旅行に行く。今回ウクライナから移動した人の数は、その数よりも少ないんですよっていう伝え方をすると、聞いている人たちはさらに落ち着いていく。
Fくんがどんな風に感じているかは分からないけれど、コロナの報道があるじゃないですか。感染者数が何千人とか何万人っていうけれど、じゃあその何千人何万人という数字を何を比較したらいいのか。インフルエンザなどの感染症を例にして、比較するとそうなのかって考えると見方がまた変わりますよね。
Fさん:
はい。
ボグダン:
今回の戦争で僕は、なにと比較すると分かりやすいか、事実がきちんと伝わるのか。その材料を常に考え、最良の方法で説明する事を心がけています。
Fさん:
今のお話で考えると、例えばニュースで「今200万人のウクライナの人々が国外に脱出しています」って伝えられると不安を煽られている気がするんですね。
そこで同じ事実をボグダンさんが200万人は全人口の5%程度ですよと伝えてくれると、見ている人たちを落ち着かせることができる。
でも、「落ち着かせること」と「不安を煽る」ことを並べてみた時に、なんとかしなきゃ、手伝えることはないのかって行動を促すのは「200万人」という数字だったりもしますよね。
全人口の5%なだまだ大丈夫じゃないか。まだ何か行動を起こすまでもないかなってなってしまったりはしないものでしょうか。
ボグダン:
はい、そこが面白いところで。
僕らはずっと「不安」というバロメーターで生きている部分がありますよね。
Fくんも一日が終わった時に、今日を思い返してみると、良いことも悪いこといっぱいあると思うんです。良いこと悪いこと、昨日はどっちのほうが多かったかな。
Fさん:
昨日は良いことの方が多かったです。
今日も良いことの方が多いかな。一昨日は悪いことの方が多かったかもしれないです。
ボグダン:
じゃぁ、今まで生きてきた15年間の中で考えてみると良いことと悪いこと、どっちの方が多かったかな。
Fさん:
良いことかな。
ボグダン:
じゃぁ、Fくんの今の生活は、良い生活だよね。周りに戦争もなく、平和な国で時間を過ごしている。でもそれはFくんが、今までずっと良い事にフォーカスをして生活してたから、15年の人生を振り返って「良いこと」のほうが多かったって感じることができているんだと思うんです。
Fくんがもし、ネガティブなこと、悪いことにフォーカスして生きてきている人生だったら、たぶん今の安心した平和な生活はなかったと思う。
Fさん:
はい。
ボグダン:
明石家さんまさんやサッカーのクリスティアーノ・ロナウド選手がなりたい現実をイメージして成功したと言う話が結構ポピュラーなんだけど、僕もなりたい自分やシチュエーションを頭の中で思い描く事で、その現実を作り出す能力が人には備わっていると思ってるんだ。
僕はそれを「虫眼鏡の法則」と呼んでいて、見たい現実にフォーカスを合わせると、その部分が拡大される。
だからポジティブとネガティブという両方の側面が感情にはあるけれど、ポジティブなこと、自分の思うことを引き寄せたいと思うんだったら、そのポジティブな現実を頭の中でイメージすることが重要なんだ。
Fさん:
へーなるほど。
ボグダン:
戦争はもちろんネガティブなことではあるけれど、その中で温かいドラマも生まれるし、多くの人が精神的な成長をする。誰かに「戦争が起きるぞ」って脅されてもただ怯えて、ネガティブなことだけを考えるのではなくてポジティブな現実を起こすために何ができるかを考える。
「核爆弾」っていうものがあるよね。核爆弾が引き起こした悲惨な過去を使うことで人々を新たに恐怖に陥れることができる。過去を使って誰かを脅すことができるわけです。
北朝鮮とかロシアとか中国とか、いろんな国がその「核爆弾」を脅すための手段に使っている。
でも、そもそも「核爆弾」は怖いものじゃないよねっていう気持ちになれば、戦争自体が起きないよねというのが僕の考え方なんです。
気持ちが変われば、フォーカスも変わり、そこで生まれる現実が変わるから。
全ては不安と恐怖から来る僕らが体験したくない現実へのフォーカス。
Fさん:
はい。
ボグダン:
何度も繰り返すけど、現実をポジティブものにしたいんだったら、ポジティブなことを考える。
逆に現実をネガティブにしたいなら、ネガティブに考えればいい。これは誰でも、いつでも簡単にできること。どっちを選ぶかはあなた次第なんです。
僕はポジティブでいる方が毎日気持ち良く生活ができるから、常にポジティブを選んでいます。
Fさん:
例えば、ウクライナのために募金をして欲しくてどこかの駅とかに立っているとするじゃないですか。その時に募金箱を持っている人が呼びかける言葉って「国外に避難をしているのは人口の5%程度です」と言って聞いている人を落ち着かせるよりも「200万人もの人が避難をしているんです」と言った方が、そのことに関心を持ち始めた人たちの気持ちを変えるようなことができるような気がするんですね。そういうシチュエーションだった場合は、どう思われますか?
ボグダン:
おそらく「95%のウクライナ人が国内に留まり懸命に自分の国を守る為に命をかけて頑張っています」と伝えて募金を募るやり方が正しいと思います。
これもどこに自分のフォーカスを持っていくかで、内容が大きく変わる事。
Fさん:
なるほど!
ボグダン:
ある場所で大きな嵐が起きたとします。その嵐があった後に、その被害の話だけを延々と続ける事も出来るし、そこを離れた人々が懸命に新しい街作りをしている姿を伝える事もできる。
僕は両方の側面をバランス良く伝える事が重要だと考えています。
被害と言うネガティブに、懸命に頑張るポジティブをプラスする事で正しい
印象が伝えれる。
Fさん:
全てはバランスなんですね。
ボグダン:
そう!Fくんが疑問に思っている「メディアの報道の仕方」についても、同じことが言えると思うんです。メディアは本来であれば人々が様々な角度から自分で考えることができるように「情報」というツールを配る役割のはずなのだけれど、報道すること自体が目的になってしまっているから「なにかおかしいぞ」っていう違和感を悠人くんが感じたんだと思うんです。
スポーツ選手がスポーツを楽しむためではなく、お金を稼ぐためにスポーツをし出してしまうのと同じ。そうなってしまうと、多分いいプレーができなくなってしまうんですよね。
クリスティアーノ・ロナウド選手だって、お金のことだけを考えていたらあんなに成功していなかったと思う。それが僕の考え方なんです。
Fさん:
報道、メディアもひとつの考え方だけではない方がいいということですか?
ボグダン:
そうですね。僕はバランスがとても重要だと考えています。
ヨーロッパ寄り、アメリカ寄り、ロシア寄りの考え方どれかひとつしか報道しないというのは駄目で。
全体を見た時に、さっきの話でいくと「大変な事」と「懸命に頑張っている事」の両方を映し出して伝えた方がいいよねということ。その両方を知っているから、奥深い物の考え方ができて、理解が深まる。
国外に避難した人が200万人ですという報道が出た時に、それはウクライナ全体の人口の5%ですという情報を僕が出すことによって、ふたつの考える材料が人々に伝わる。
ウクライナで現在起きているひどい現実は、一方的に攻められて悪いことをされてるわけだから、避難をする人が出てくるのも当たり前の話。でも、全ての人が避難をすることが全て正しいかのような報道の仕方には問題がある。自分たちの国を守るために、誰かが残って戦わなければいけないのだから。
Fさん:
はい。
ボグダン:
「なぜ国外に避難しないんですか。逃げないんですか。」みたいな質問が飛び交って避難することが正しいという偏った報道のされ方は変えないといけない。避難をしている人たちもいるし、国を守るために闘う、ウクライナに残る選択をしている人もいる両方を伝えないといけないですよね。現実がそうなのだから、そう報道しないとバランスがとれないはずなんです。
侵攻されているウクライナの状況を見た時に、外に出ていく人たちにだけフォーカスをするのではなくて、中に残っている人がどんな思いでどんな考えでそれを選択しているのか。どちらにもフォーカスを当てて伝えて欲しいんです。
ある一方からだけで見ないで、別の角度からも見てみて欲しい。それを僕はずっと伝えているんです。100円硬貨も500円硬貨も表と裏がありますよね。ニュースにも裏側があることをみんなに知って欲しいんです。表があれば、裏がある。逆に裏面ばかり報道されたら、表面を伝えてあげることが必要なんです。
テレビだけを見るのも、YouTubeだけを見るのも、ネットやSNSのニュースだけを見るのも偏っている。いろんな場所から情報を得て。多方面から自分で考えて見て欲しいんです。
Fくんが今後、テレビとか雑誌とかマスコミで働きたいなと思ったら、今日話したような現実を知って、報道の仕方を変えていってくれたら、報道を見た人たちが得られる情報というのが変わっていくと思うんです。
Fさん:
よく、理解できました。
ボグダン:
Fくんに色々聞いて貰ったおかげで、僕自身の考えも一層、自分の中で整理する事ができました。
Fくんの思い描く未来への大事なステップに今日の出会いがなれば嬉しいです。
応援していただいて、ありがとう御座います。一緒に頑張りましょう!
Fさん:
今日はありがとうございました!
ボグダン:
こちらこそ、ありがとうございました!