不機嫌なフランス人 渡仏編
こんにちはららこです。
私はある程度オバサンになってやってきた組です。
元相方とはすったもんだの挙句、初年度はビジターでの滞在でした。
ビジターとは観光ビザのことで要は1年観光モードのお花畑!!ではなく、働けないという状態。
これは私主導ではなく、むしろ私は結婚してほしいとお願いしたくらいでした。
でも玉砕、断られました。
今となっては、断られた時点でナシでしたね、反省してます。
ただ、負け惜しみではなく結婚しなくてよかったとつくづく思っているのでよかったんですけどね。
様子を見たかったんでしょうか?じゃあなんだ、最初から結婚する気はさらさらなかったのかもしれませんね(ウケる、それでよくここまで呼びましたねって、また行った私も反省です。)
何もかも承知で迎え入れてくれた、と思っていました。
若者にまじって、ボンジュール、メルシーからです、勉強。いい歳して必死のパッチでした。
相方はというと学校から戻ると何やら不機嫌。
とにかく、同棲し始めるとだんだんに不機嫌になって行くのがわかりました。
釣った魚に、というのは聞いたことありますが、まだ釣ってないですよ、なんで不機嫌ですか?
私もいっぱいいっぱい、よく言い合いになりました。
言い合いになると決まって言われたのが
お金と言葉
辞書は買ってあげたから喋れるでしょう、みたいなノリの人で、パーティー連れて行っても面白くないのだそう。
お金、俺は銀行じゃない。
いやー、よく呼び寄せたな、と思いました。
ただし、確認しなかった私、自己責任でやってきた私がいけないのです。
ことあるごとにもめた末の1年後なんとかパックスに切り替えられ仕事も見つかりましたが、その後も不機嫌は続きます。
次は何だと思いますか?
稼ぎが少ない!
こんなんじゃパリの物価でやっていけない、休みが土日じゃないから人に招待されてもいけない!
私はこの人にとって何なんでしょうか?奴隷?
また仕事を始めた頃、フランス語だってろくにわかってないのにストレスで10キロは痩せた頃、
友達の別荘に行こう○日から2泊3日で!
さすがに泣きましたあなたはわかっていない、私が今必死にこの社会に馴染もうとしていることいつだって私は100パーセントじゃないがあなたの要望には応えてきた。
でもこれ以上はむり休ませて!
渾身の気持ちをぶつけました。
さすがにその時は悪かったといってはくれましたが、基本的には元相方は変わりませんでした、変わるわけないですよね、、いい歳でしたし。
このラリーが結局別れるまで続くんでした。
日本人の友達の話、
彼女は結婚でこっちへきたそう。渡仏当初、仕事をせず、日本人コミュニティでの付き合いで出かけるとやっぱりダンナは不機嫌になったそう。どうやら、自分だけが働いて嫁を食わす概念はサラサラないようだ。
アイシテルだなんだでフランスへ連れてきても、一気にこのありさま。配偶者控除もない物価高のフランスだからなんでしょうが、何だかモヤモヤ何です。
このモヤモヤは常に私の心のフックに引っかかったままでした。
なんだろう、フランス人とは話しあえないのかな?
あくまでもこっちに来たらハイ自立して〜お金折半はい週末はパーティ招待したら招待されてお出かけー、なんでできないの?って言われてるようでした。
ここでつらつら書いて終わろうと思ったんですが、さすがに12年、、まだまだありますし、だんだん思い出したこともあるので、また書きます。
これ、悪口というより私の心の整理でちょうどいいので活用させていただきます。