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第5回 ランジェリーモードが活況 (87年「パリ国際ランジェリー展」)


前回の第4回《1987年「パリ国際ランジェリー展」の情報発信》で紹介したランジェリーのトレンドというものを、もう少し整理して分かりやすくお伝えしたいと思います。これも当時私が記者をしていた『ボディファッション・アーティクルス』に、海外取材レポート第二弾(1987年4月号)として詳しく書かれていました。当時の私の熱がこめられているので、そのレポートのリード文を引用します。

 いつの時代においても女らしさを追求することでは変わらないのが下着である。ジュニアを意識したコットンから大人の女のためのシルクに至るまで「‘87パリ国際ランジェリー展」のコレクションは女の人の下着への夢と憧れがファンタジックに繰り広げられた。とくに懐古的な方向に夢を求める傾向が顕著となっているが、この古典性と現代の前衛性が交錯して完成度を高めているのが特徴といえよう。一見古典的とも思える下着の中にさまざまな新しい要素が見られる。かつてのように下着は男性の目を楽しませるだけではなく、それ以前に女性自身が自分で着て満足できることの方が今や重要なのである。そういった意味においても、下着は非常にプレタポルテ(洋服)の感覚に近づいて幅を広げている。(『ボディファッション・アーティクルス』87年4月号)

「女らしさを追求する」とか「男性の目を楽しませる」とか、今なら問題発言として炎上しそうなフレーズもありますが、これはヨーロッパ、特にフランスにおけるランジェリーへの基本的な価値観であることはおさえておかなくてはなりません。
それはともかく、このリード文にもあるように、「下着のプレタポルテ化(ランジェリーのアウター化)」と「懐古的な傾向と現代性の交錯」は当時の、というより今も脈々と続くランジェリーの二大トレンドといえるでしょう。特に、この1980年代後半当時は、懐古的傾向がレトロブームという現象にあらわれていたのです。

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多彩なプリントや白黒ツートン

当時のレポートを見ると、まず展示会場をぐるり見回して、私はプリントのランジェリーが多いことに驚いています。しかも若々しいコットンと大人っぽいシルクという2つの方向があり、前者は花柄をはじめ、格子や水玉など、パジャマとのコーディネイトも少なくないのが特徴で、後者では鮮やかな多色展開や配色に目を奪われています。一方で、白と黒のコントラストのはっきりしたツートンも、プレタポルテ(既製服)と同様、そのシーズンのトレンドになっていました。
ブランドでいうと、当時、既に人気者になりつつあった「プリンセスタムタム」はもちろんのこと、「アニタ・オジョーニ」というとびきりセンスのよいラグジュアリーなブランドも強い印象があります。大人っぽいアニマルプリントのシルクが目を引いたのですが、同じプリント柄でストッキングまでトータルで展開していました。超高級でありながら、ちょっとひねりのある遊びがある。まさにフランスの文化を感じさせますが、その後、確か90年代初頭にはブランド廃止となっています。直営ブティックの撤退セールで買い込んだ同ブランドのストッキング(ポリウレタン繊維の入らない、ガーターベルトで吊る繊細なタイプで、色合いが絶妙)を、私はまだ後生大事にしまってあります。

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レトロな古典的アイテムが新鮮

アイテム面からいうと、87年の同展ではビスティエやスリーインワン、ウエストニッパー、ガーターベルトといった、かつてのコルセットスタイルが現代風に復活しているところでした。

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コルセットといっても、かつての体型を締め付けるような補整機能を重視したものではなく、あくまで一つのスタイルとしてそのデザインを楽しむもので、時にはアウターに見せる着こなしも可能なものです。胴の部分にボーンの入ったシルクやレースのビスティから、編み上げ(レースアップ)ディテールがポイントのコットンジャージーのボディスーツまで、またフェミニンな雰囲気からカジュアルに着こなせるものまで、変化に富んでいます。
ひもで締めあげての着脱、ガーターベルトでストッキングを吊ることなど、どう考えても不便、不合理ではありますが、この古典的なアイテムにはランジェリーの夢のようなものが込められているのです。
ことにフランスにはコルセット作りの職人芸の伝統が今も息づいていて、ヴィンテージやレトロブームの影響も受け、コルセットスタイルのトレンドも何年か周期で復活してきます。

コルセットスタイルを取り入れながらも、ブラジャーはチューリップの花びらを重ねたようなモダンなデザインがトレンドになっていました。

ボディフィットとスポーツカジュアル

さらに、ボディにフィットするアイテムも充実していたことが伺えます。ツーウェイ素材やストレッチレースを使ったボディスーツやボディブリファー(一番上にある写真のような)をはじめ、スポーティなトップスやブリーフタイプのボトムも少なくありませんでした。
人々の健康志向やからだ意識は既に当時から顕著だっただけではなく、ボディコンシャスのファッショントレンドもシェイプされた体型への願望やスポーツ熱に影響を与えています。

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こういったインナーウエアを支えているのはスパンデックス(ポリウレタン弾性繊維)の進化と素材の多様化です。そういえば、80年代から90年代にかけて、「ライクラⓇ」(フランス語読みでは「リクラ」)がストレッチ素材の代名詞となって、パリ国際ランジェリー展の会場でもさかんに素材メーカーのプロモーションが繰り広げられていました。

これほどスポーツがブームとなっているのはなぜか。それはやはり人々が自分の体の健康ということに目覚めて来たからだと言える。生きていくには体が資本、動けば動くほどこれを実感するもの。頭と神経を使う仕事のストレスを解消するためにも週末は体を動かし、またそれを次の日からの仕事の活力にする。実際、体を動かすことは本当に気持ちが良い。一度スポーツによって得られる喜び、充足感を体験するともう止められない。苦しくても、つい体にムチ打ってしまうのである。そうやって鍛えた体、健康な生命力にあふれた体が美しく、セクシーだ――まさに健康美は現代の美意識となっている。スポーツをすると毎日の生活に張りが出てくる。健康ではつらつと生きることが素晴らしいと実感してしまうのである。
また、人間アクセクと働くばかりでなく遊びが大事なんだという風潮、大げさに言えば働きバチと言われる日本人の価値観の変化さえ、昨今のスポーツブームには感じられるのだ。現に人々のゆとり指向を反映してレジャー産業が隆盛、ファッション産業も今やプライベートタイムやウィークエンドに的があてられている。
(中略)
 何もスポーツインナーに限らず、ボディがシェイプされるときれいな下着が着たくなるもの。繊細なレースやシルクのランジェリー。またボディブリファーやてぃでぃといったおしゃれなアイテムはそれなりの肉体が必要とされる。スポーツの好きな女性は意外と下着の好きな人が多いのもこれと無関係ではないだろう。
 スポーツで体を整えてきれいな下着を着けるか、下着で体を整えるか――、インナーウエアは今後その用途がより二極化されるのではないだろうか。(『ボディファッション・アーティクルス』87年9月号)

もう止まらないという感じで、29歳の私が生意気に語っています。中略した部分では、スポーツインナーに伴う下着のユニセックス化、インナーとアウターの中間領域の広がりにも触れています。
それにしてもこの時代、日本はバブル経済に突き進んでいた頃。この35年の間に、何が変わったのでしょうか。インナーウエアも世の中も、私自身も根本的にはあまり変わっていないような気がしてきました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。ご興味ある方はぜひ下記もご覧ください。『もう一つの衣服、ホームウエア』(みすず書房)

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