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第4回 1987年「パリ国際ランジェリー展」の情報発信

今も昔も、パリで開催される「パリ国際ランジェリー展」は、世界のランジェリー業界の縮図であり、ここで情報発信されるトレンドは大きな影響力を持っています。世界トップクラスのプレステージブランドであるイタリアの「ラペルラ」に代表されるように、ここにまったく出展しないブランドもありますが、業界全体の趨勢というものは同展に集約されているのです。
前回の《成長期に入っていた1987年の「パリ国際ランジェリー展」》に引き続き、ここでは1987年の会場ではいったいどのような情報発信がされていたのかを振り返りたいと思います。それは当時のランジェリートレンドのカギを握っています。今から35年前のことですが、当時の写真を見ても、少しも古さを感じさせません。

女性の3つのタイプをテーマに

1987「パリ国際ランジェリー展」において、87年から88年のトレンドとして打ち出されていたテーマは3つです。“ファムファム(LA FEMME-FEMME):女性らしい女性”、“ファムフルール(LA FEMME-FLEUR):花の女性”、“ファムアンファン(LA FEMME-ENFANT):子供っぽい女性”と、女性の3タイプをテーマにしてあります。女性にまつわる形容詞がいかにもフランスという感じですね。
”ファムファム“はランジェリーをアウターウエアとうまく組み合わせて着こなすようなアヴァンギャルドなテーマ。”ファムフルール“は第二の皮膚のようにやさしく体にそうようなロマンチックでノスタルジックなテーマ。3つめの”ファムアンファン“は若い人を意識したカジュアルな雰囲気のテーマで、オールディーズ風やスポーティな雰囲気も組み込まれています。
代表的な素材としては、”ファムファム“が洗練されたシルク、”ファムフルール“が透明感のある素材やストレッチレースなどのソフトなレース、”ファムアンファン“が100%コットンとなっています。コットンといっても、プリントなどのカラフルな布帛素材が多く、そういう素材で造形性のあるブラジャーも少なくありませんでした。
3つのテーマの中でも、特に大人の女性をイメージした“ファムファム”について、私はこのように書いています。

“ファムファム”では下着の装いの極致を感じさせる。ターゲットは、もちろんソフィスティケートされた大人の女性である。このゾーンは洋服との深い結合という先進的なテーマが基調となっており、色もデザインも実にファッショナブルだ。そしてぜいたくな生地と洗練を好むこの層に一番訴求しているのはシルク。鮮やかなプリント、シックな配色、白×黒、黒とはなやかな構成で、下着の誘惑と神秘を充分に味あわせてくれた。フランスにはこういった下着に似つかわしい大人の女性が多いのだろう。大人の女性といってもむろん二十代や三十代ではない。(ボディファッション・アーティクルス 87年3月号)

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これらのトレンドテーマとも関連して、会場にはこのほか、フランスらしいマーケティング手法として「誘惑のフォーラム」が設置されていました。社会心理学者のクロード・ドゥグレーズが、誘惑のメカニズムの研究から割り出した8タイプの女性の原型を、製品と共にパネル形式で紹介したものです。「売れるということは、いかに女性を誘惑するか――」。
下着は女性が自分の魅力を表現する手段の一つであるわけだから、ユーザーの多様なタイプと下着の種類をメーカーや小売店に提案することも展示会主催者の役割というわけです。その8タイプの女性の原型とは、①崇高な人②勝利者③誘惑者④娼婦⑤プリンセス⑥先駆者⑦誘惑する人⑧パートナー。実にフランス的なそれぞれの解説はここでは省きます。
こういう社会学的、心理学的、あるいは哲学的といってもいい切り口を、ビジネスの商談の場である見本市の中に取り入れるというのは、少なくとも日本ではほとんど見られなかった手法でした(鴨居羊子が昭和30年代初頭に『下着ぶんか論』で語っているのは稀有な例といえます)。

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新人デザイナーのブランドが新鮮

展示会の姿勢をあらわした情報発信としては、このほか、新人下着デザイナーたちのブランドを集めた「エスパス・アヴァン・ギャルド」というゾーンも提案されていました(前年の86年にスタートしたとの記述あり)。将来有望な若いデザイナーの育成には、その後も常に力が入れられているわけですが、2回目に当たる87年には全部で18ブランドが出展しています。その顔ぶれの中には「プリンセスタムタム」も見られますが、それ以外のほとんどのブランドは現在のランジェリー市場では目にしないので、今は存続していないのではないかと思われます。
このゾーンについて、私はかなり興味を覚えたらしく、次のように記事に書いています。

オリーブ少女風のコットンのブラやパジャマがあると思えば、片やちょっと背伸びした大人っぽいモスリンやオーガンジーのプリントあり、また麻ニット専門やシルク専門、スポーティな白の綿ニットだけを展開しているところという具合で、ここはまさに個性の競演。一つ一つが自分たちのつくりたいものを明確に主張しており、そのクリエイティブで自由な感性には感銘を受けた。(ボディファッション・アーティクルス 87年3月号)

特に興味を覚えたブランドしてあげているのが、「ランディスクレット(L‘INDISCRETE)」と「ラ・フランセイズ・デ・カルソン(LA FRANCAISE DES CALECONS)」。前者はコルセット、ウエストニッパー、パニエといった古典的なスタイルを現代風にアレンジして取り入れており、紫、茶、緑、紅といった濃色のサテンに黒でアクセントを施したもの、サテンにレース地を重ねたもの、伸縮性に富んだ綿ニットなどによる斬新なデザイン手法を特徴としていました。
後者は、もともと男物の下着専門だったブランドでしたが、念願の女性物をスタートしたばかりだったらしく、自由な発想で楽しいものが多彩に見られたようです。明るい格子柄、花柄と無地の組み合わせ、キスマークのプリントなど、ポップでカジュアルな感覚のブラ&ショーツを基本にしながら、傘や靴などの周辺雑貨に至るまでトータルな提案をしていたことはファッションショーの写真にも残っています(写真は次回の具体的なトレンドの解説で紹介する予定)。

日本では子供っぽかったり、安っぽかったりになってしまいがちのところを、どれもクオリティが高く、実におしゃれに小粋に表現されているのが強い印象を残したようです。

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ストッキングのおしゃれがクローズアップ

さらに、会場ではストッキングに焦点を当てたゾーンにも力が入れられていました。
フランス語でパンティストッキングやタイツを「コラン(collant)」、パンティ部のない脚で留めるものは「バ(bas)」といいます。ランジェリーとストッキングは別の業種のようにも思えますが、昔から深い結びつきがあって、両者は切り離すことができません。ランジェリーブティックの商材として不可欠であるだけではなく、女性のからだにおいて「脚」がものがたるものは決して小さくないのです。
当時は特に、デザイン性に富んだファンシーストッキングが台頭していた時期だったようで活気があり、合計18社が出展していたとあります。フランス以外にはイタリア8社、オーストリア1社。ヨーロッパの中でもニット製品が強いのはイタリアで、肌着などと並んでストッキングも伝統的な産業となっています。
ファンシーな柄物といっても、レース、プリント、ワンポイントと、手法も柄もさまざまですが、それ以上に新しいスタイルも登場していました。「バ(bas)」といえば通常はガーターベルトやランジェリーに付いたガーター留めが必要になりますが、ストレッチレースの裏側にシリコンが付着してあるために、ガーターベルトで吊らなくても腿の辺りで留められるようになったものでした。このシリコン(肩ひものないブラジャーにも海外ではよく使われています)は敏感肌の多い日本では受け入れられないために定着を果たせませんでしたが、ヨーロッパではストッキングの一つのスタイルとして定着しています。

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そのほか、ショーツが組み合わせられたストッキングも目を引きました。パンティストッキングのマチ部分がコットンの別素材がついているという機能的な切り口というより、デザイン面でも実用でもすっきりとセクシーに美しく見えるといったスタイルで、決して主流にはならないものですが、これも一つのスタイルとしてその後も時々登場しています。
1960年代に開発されたパンティストッキングは便利ではあるけれど、ショーツの上に重ねて着用するから見た目には美しくないという定説があって、その後も試行錯誤が続けられているのです。
ストッキングは専業メーカーだけではなく、ランジェリーとストッキングのコーディネイト提案を行うようなランジェリーブランドもあって、その時々のトレンドを反映させながら、ランジェリーとストッキングはつかず離れずの関係を続けるといえます。

1980年代後半、いかにストッキング業界が希望に満ちていたかを示すものとして、当時私が勤めていた㈱繊維商業ニュース社が、インナーウエアの『ボディファッション・アーティクルス』(月刊)に次ぎ、『レッグファッション・アーティクルス』(隔月刊)という靴下業界の専門業界誌を発刊させたのでした。業界誌に限らず、雑誌などの定期刊行物というのは広告出稿のスポンサーありきで成り立っているので、その勢いが推し量られます。同誌1987年7・8号には、私のパリレポートにページが割かれていました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。ご興味ある方はぜひ下記もご覧ください。『もう一つの衣服、ホームウエア』(みすず書房)

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