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異世界に転送される少女マンガについて

◾️彼方から(ひかわきょうこ)
1991年から『LaLa』(白泉社)で連載が開始し、その後は休載を挟みながら2002年に完結した長編異世界少女マンガの代表的な作品のひとつです。主人公の立木典子(以後はノリコ)は現代世界に暮らす、ごく普通の高校生だったが、ある日爆発事故に巻き込まれ、見ず知らずの世界に転送されてしまう。
 転送された場所は謎の樹海。そこに現れた虫に襲われるが、ある理由から樹海を訪れていた渡り戦士である「イザーク」に助けられる。その世界でノリコは「目覚め」という「天上鬼」を目覚めさせる存在となる。やがて、その天上鬼の正体がイザークだと知ったノリコは彼と共に行動し、天上鬼の呪縛から彼を開放するための旅をすることになる。
 少年マンガやアニメを含めて数ある異世界モノの中でも、メインキャラクターが一切亡くならず、真の悪人も存在しないという異色作です。作品全体も、ひかわきょうこの温かみのある作風が全面に押し出されている点が特徴です。ファンタジー作品にありがちなダークな側面がありつつも、ノリコの優しさと強さが呪縛を抱えたイザークを救い、世界をも救うことになります。
 また、少女マンガの王道もしっかり取り入れた作品で、ノリコとイザークは「目覚め」と「天上鬼」という障害を乗り越え、恋人同士、最終回後の番外編では夫婦となります。どれだけピンチになっても、仲間達の手を借りながらも自分の力で局面を打開しようとするノリコの真の強いキャラクターと、とにかく強くてカッコいい、内面も非常にクールなイザークは作品の魅力のひとつとなっていると思います。
 そして、この作品の最大の特徴は結末にあります。たいていの異世界モノは、一度転送されてしまうと、家族との繋がりを完全に断たれて、異世界で生きることを選択するか(この後に取り上げる「天は赤い河のほとり」が特徴的です)、現実世界に戻り、再び家族との日常を送るかのどちらかになりますが、同作では異世界で生きることを選択はするものの、イザークの力でノリコが書いた日記を自分の部屋の机の上に転送することで、「異世界で愛する人と一緒に元気に生きている」ことを家族に知らせるという展開になっていて、永遠に会えない可能性はありつつも、家族との繋がりが今後も続いて行くことを示した、ひかわきょうこらしい結末だと言えるでしょう。
 私はこの作品がとても好きなのですが(ひかわきょうこの他の作品もとても好きです)、その理由のひとつが、この結末のように、決してヒロインにとってだけ都合の良い展開にならず、人間同士の繋がりをしっかり描いている点にあります。
 また、対立する側の勢力は存在はするものの、なぜそうなったのかという背景をしっかり描いていて、勧善懲悪になっていないという点も非常に魅力的です。その他にも現代世界の言葉が通じないという特徴があり、ノリコが転送後に最初にした決心は「言葉を覚えよう」でした。イザークを始め、登場人物達との会話の中で徐々に言葉を覚えていく姿は、ノリコが決して守られるだけのヒロインではないと点や漫画の中であってもご都合主義にしないという点で非常に感心したものでした。

◾️王家の紋章(細川智栄子あんど芙~みん)
1976年から「月刊プリンセス」(秋田書店)にて連載が開始された作品で、現在もシリーズが継続しているいわゆるご長寿作品です。少女マンガの異世界モノの金字塔であり、後発作品に多大な影響を与えた作品と言えます。最初に取り上げた「彼方から」はもちろん、この後に取り上げる「天は赤い河のほとり」や「ふしぎ遊戯」は「王家」がなければ誕生していなかった作品と言えるでしょう。
 主人公のキャロル・リードはエジプトに留学しているアメリカ人の高校生。ある日、リード家の事業の一環で、若くして暗殺された古代エジプト王・メンフィスの墓の発掘隊に参加したことで、墓を暴いた呪いとして、メンフィスの姉のアイシスに呪術によって古代エジプトにタイムスリップしてしまう。そこでメンフィス王と出会う。当初は彼を恐れていたが、何度か暗殺から救ったことで、深く愛すようになる。そして、彼と添い遂げることを決意し、古代エジプトの王妃となる。また、深い考古学の知識と、金髪碧眼の美しい容姿によって、同時代の人達に「ナイルの娘」「黄金の姫」と崇められるようになる。
 古代エジプトにタイプスリップしてしまった富豪の娘である少女の苦悩や戸惑いを描きつつ、現代知識を武器に、時代に立ち向かっていくキャロルの姿を非常に文学的かつ壮大に描いているのが特徴的な作品です。ストーリーは様々な権力者から狙われるキャロルをメンフィスが救い出すというパターンが多いものの、これを何十年も続けているのだからすごいなという印象があります。
 メンフィス王を始め、キャロルを取り巻くキャラクター達も魅力的です。個人的には俺様で激しく愛してくれるメンフィスよりも、古代ヒッタイト帝国のイズミル王子の方が好きでした。また、とある理由からストーリー途中で一度現代に帰るという展開も特徴的で、最初に読んだ時点では驚いた覚えはありましたが、妊娠が発覚した後に再び元の時代に戻るところは王道に沿っているなと感じました。
  基本的なストーリーはキャロルが誰かにさらわれて、メンフィスが救出して愛を確かめ合うというもので、個人的には少しマンネリ化していると感じてしまいますが、決してつまらないというわけではなく、読ませるクオリティとなっているところはさすがだと思います。作者が高齢のため、シリーズが完結することは難しそうですが、どうなるのか気になってはいます。

◾️天は赤い河のほとり(篠原千絵)
1990年代の異世界モノの代表的な作品です。作者の篠原千絵はこの作品の前にも「蒼の封印」という四神をテーマにした作品を連載していて、学園恋愛モノが主流だった『少女コミック』に、ファンタジーの要素を持ち込んだ第一人者です。また、初連載作品の「闇のパープルアイ」や代表作の「海の闇、月の影」は1980年代の少女マンガの代表的なホラー作品として知られていて、ハードチックかつ残虐なストーリー展開を得意とする方でもあります。
 ストーリーはごく普通の女子高生だった鈴木夕梨(以下ユーリ)がBFとデート中に水溜まりに吸い込まれ、古代ヒッタイト帝国にタイムスリップしてしまいます。これは息子の王位継承を企てるナキア皇太后が召喚したことにより、転送されてしまったというものでした。当初は現代世界に戻りたいという気持ちが強かったユーリでしたが、第3王子のカイルに惹かれていく中で、次第にカイルの即位を支えるようになって行きます。やがてふたりは愛し合うようになり、カイルがムルシリ2世として即位した後も、皇妃として生涯支えていくことを決心するというもの。
 基本的には王道的な歴史ファンタジーモノではありますが、作者の傾向としてホラー的な要素が盛り込まれていたり、メインキャラクターがあっさりと殺されてしまったりというところがあり、「彼方から」のような温かみのある作風を好む人には合わない作品だとは思います。私自身、この作品はストーリーは非常に面白く、登場人物も魅力的ではあるのですが、前述した篠原千絵の作風は苦手のため(特にホラー作品のノリで登場人物を殺し過ぎるところが苦手です)、私の中で少し評価が低くなってしまうところがあります。ただ、この作品の影響で古代ヒッタイト帝国にハマってしまい、一時期トルコのカッパドキアに通い詰めたことはあります。
 ちなみに「王家の紋章」とは同時代を描いていることでも有名であり、書評等でも比較されることが多いです。お嬢様でさらわれがちなキャロルに比べて、ユーリは自ら運命を切り開いていくタイプのヒロインというのが対照的で面白いです。まぁ、「王家」は1970年代に連載か開始された作品ですから、時代の変化をリアルで感じられますね。ぜひ両方の作品を読み比べてみることをお勧めします。
 コミックにして全28巻という長期連載だったため、連載終盤は『少女コミック』の大幅な作風の変更に伴い、同誌から浮いてしまったのですが、しっかり完結まで描いたプロ根性はさすがだなと感じたものです。番外編を含めて登場人物達の生涯まで描いているという点では篠原作品の中では異色と言えるかもしれません。

◾️ふしぎ遊戯(渡瀬悠宇)
作者の渡瀬悠宇がまだ新人に毛が生えたような時期に連載を開始し、テレビアニメ化やOVA化するなど大ヒットした作品。四神をテーマにした作品は前述した先行作品の「蒼の封印」があり、よく作者の篠原千絵先生と比較されがちな方ではあります。代表作の「ふしぎ遊戯」は朱雀と青龍をテーマにした作品で、その他にスピンオフとして、「ふしぎ遊戯 玄武開伝」・「ふしぎ遊戯 白虎開伝」があります。
 ストーリーは二部構成になっており、主人公・結城美朱が親友の本郷唯と共に「四神天地書」という書物の中に吸い込まれてしまいます。その中は古代中国をベースにした異世界であり、荒廃してしまった4つの国のうち、紅南国と倶東国が国を再建するために、それぞれの国に伝わる守護獣である朱雀と青龍を呼び出すための巫女を探し求めていました。美朱は朱雀の巫女として、唯は青龍の巫女として、2つの国の争いに巻き込まれていく中で、やがて対立しながらも、巫女としての使命を果たそうとする愛と友情の物語。ここまでがいわゆる一部と呼ばれているものになります。二部については後述します。
 物語の軸となっている「四神天地書」は中国の書物「四神天地之書」を翻訳したものであり、翻訳者の魂が宿る生きている書物となっています。美朱達の行動によってストーリーが自動的に紡がれて行き、それを現代世界から見守る美朱の兄の圭介が存在していたりと、「天は赤い河のほとり」のように異世界一辺倒ではないという点は少し違っているかもしれません。反面、篠原千絵作品の影響も色濃く受けており、登場人物が次々と死亡したり、美朱と唯が同じ相手を好きになってしまったことにより、殺し合いにまで発展してしまうところは、まるで「海の闇、月の影」という感じがします。まぁ、「海の闇」と違って、ふたりはちゃんと和解して友情を取り戻しますが。
 また、紅南国、倶東国それぞれで巫女を守り、守護獣を召喚するための存在である朱雀七星士、青龍七星士の存在も物語の軸となっており、それぞれに美男、美女が揃っているというのも特徴的です。特に朱雀七星士はタイプは異なるものの、全員美男子という設定で、美朱と恋に落ちて、やがては強い願いにより現実の世界に転生することになる格闘技が得意な鬼宿や、男と女の顔を持つ怪力の柳宿(当時の少女マンガとしては非常に珍しかった)、紅南国の皇帝である神剣を操る星宿、火を操り、関西弁が特徴の翼宿など、違うタイプの美男子が揃っていて、連載していた『少女コミック』の中では特に低年齢層に人気があったようです。ただ、それらの人物のほとんどが死亡してしまうというストーリー展開は個人的にはあまり得意ではありませんでした。
 作者のお気に入りキャラクターであり、対立する青龍七星士の心宿(長髪で金髪の美男子です)は自らの野望のために唯をだまして美朱と対立するように仕向けたり、紅南国を侵略するため、倶東国の皇帝を唆して対立を促したり、その過程の中で多くの人物の命を奪う要因になっていたりと、相当な悪人にも関わらず、他の青龍七星士の中でもかなり優遇されており、悪行を美化するような描写が多数存在するところも個人的には苦手でした。心宿の悪行は自身や家族に対する人種的な迫害(おそらくゲルマン民族がベースではないかと推薦)がベースで、決して同情出来ないわけではありませんが、作中で重ねた悪行は、どんな事情があろうとも、擁護出来ないという印象でした。
 そして、巫女の本当の使命が守護獣を召喚し、願いを叶えてもらう代わりに自身が守護獣に喰われるという設定も非常に悲惨であり、美朱と唯は一部終盤までそれを知らされず、喰われることを覚悟の上で、それぞれの思惑のために、守護獣を召喚するというのも非常にハードチックです。
 一部のラストは心宿の野望を阻止した後に、美朱の強い願いにより愛する鬼宿を現代の人物として蘇らせるという非常にご都合主義な展開であり、読者の要望によりそうなったという作者の記述を見た気はします。異世界の人物が現代世界に実体化する作品は結構あるとは思いますが、大抵は別れを経験するか、ヒロインが異世界に残ることを決心するというものですが、同作のヒロイン・美朱は何も失わず、美味しいところだけ得たように見えてしまうところが残念な点です。
 そして、前述した二部は一部の人気によって作者が追加した後日談であり、ファンの間で賛否が分かれている印象が強いです。現代世界に魏(たか)という名前で転生した鬼宿が実は現代世界の人物としては不完全であり、完全な人物となるために、「四神天地書」の原本である「四神天地之書」の中に入り、鬼宿の中に存在していた記憶の石を集めるというもの。お好きな方には申し訳ないのですが、私はこの二部が非常に商業的かつ蛇足だと思っていて、大人の事情に逆らえない作者の若さによるものだと解釈しております。二部に登場する黒幕も、非常に後付けした感が強く、美朱と鬼宿のその後が知りたいファンのためだけの続編という気がしてしまいました。
 本編は上記の評価となりましたが、冒頭に話題にしたスピンオフの「玄武開伝」と「白虎開伝」は作者がベテランとしての地位を築いた後に描いた作品のため、ストーリーが非常にしっかりしており、ご都合主義にはなっていないため、独立した作品として読んでも楽しめます。個人的にはこちらの方がおすすめです。漫画作品として決してクオリティは低くはないものの、連載当時の作者の若さ(確か20代前半くらい?ではなかったかと。もう少し若かったかも)と商業誌の大人の事情が色濃く絡んだ作品という点でも印象深いです。

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