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『MIU404』第5話 "夢の島"は、便利な社会のための埋立地

「外国人問題って視聴率とれないんだよね」

そうにべもなく言い捨てたあのテレビ局員が、今回描いた問題の芯を突いていた。視聴率がとれないのは、誰も見ないから。誰も見ないのは、誰も見たくないから。志摩(星野源)の言った通りだ。

「見えてないんじゃない? 見ない方が楽だ。見てしまったら、世界がわずかにズレる。そのズレに気づいて、逃げるか、また目を瞑るかだ」

『MIU404』第5話は、僕たちが正気を保つために埋め立てた"夢の島"の秘密を暴き立てた回だった。


矛盾に気づいたら正気でいられなくなる世界で、僕たちは生きている


技能実習生という言葉は、ニュースで知っていた。コンビニや飲食店に行けば、店員がほとんど外国人であることも気づいてはいた。だけど、その労働の実態について、たとえばその劣悪な労働環境から5年間でのべ2万6000人ものの技能実習生が失踪していることを、僕は知らなかった。
もっと正確に言う。日本人より安い賃金で買い叩かれていることぐらいは、なんとなく想像がついていた。だけど、それをこの社会のシステムを維持するための仕組みのひとつぐらいに考えていた。日本語学校の事務員・水森(渡辺大知)の言葉を借りるなら、「朝5時の店頭に弁当を並べるため。毎朝新聞を届けるため。便利な生活を安く手に入れるため」。そこに疑問を持ったら、もうこの社会では生きていけない。だから知らないふりをする。

けれど、野木亜紀子は、そのために最低賃金法違反の環境で技能実習生が酷使されていることを。留学という名目で外国人留学生が出稼ぎに来ていることを。その中には上限週28時間というルールを破り、複数のアルバイトを掛け持ちしている者がいることを。そしてそれらの咎は、何も見ないふりをして、安い賃金で成り立っている過剰なサービスを甘受している僕たちにあることを、ひとつひとつ穴埋め問題に解答を記入するように突きつけてくる。

水森は、その矛盾に気づいてしまった。気づいてしまった以上、伊達眼鏡で視界を矯正しなければ、この世界を直視できなくなってしまった。彼が伊達眼鏡を外せる唯一の相手は、日本語学校の生徒・マイ(フォンチー)だけ。けれど、そんなマイの純粋な好意を水森は自分のために悪用してしまった。そして、その歪みに耐えきれず、最後は自爆した。

この社会の歪みに気づいた者から正気でいられなくなる。僕たちは、そんな世界で生きている。


つまはじきにされるすべての人たちに向けた、野木亜紀子の言葉


ドラマのいいところは、こうした社会問題をエンターテイメント化することで、自分が立っているこの場所の下に何が埋め立てられているのかに気づいていない人々へ、それをわかりやすく提示できることだと思う。実際、外国人労働者の問題なんて、ニュースやドキュメンタリーでやっていたら悪気なくチャンネルを替える人は多いと思う。少なくとも僕は替える。もっと興味のある、頭を使わなくていいコンテンツに。

けれど、僕は今日知ってしまった、『MIU404』を観たことで。そしてさらに重大なことは、知ったその先にどうするか、ということだ。大変なのねと沈痛な顔を浮かべた翌日、早朝から朝ごはんの調達にコンビニへ行けるか。新聞を読めるか。全品280円均一の激安居酒屋で酒を飲んで、「コスパ最高」と笑えるかどうか。殻に閉じこもった卑怯で弱いカタツムリは、水森だけじゃない。

「特定技能1号」の試験を受けると喜んでいたマイは「今度は、たぶん、大丈夫」と笑ってみせた。それは一見すると厳しい現実を描いた先の救済のようにも思える。けれど、「大丈夫」には「YES」と「NO」の両方の意味が含まれると繰り返してきた今回の内容から言って、それは確信的な風刺であり、この先の未来に水森とマイが見上げたような美しい光があるかなんて、誰にもわからない。ドラマが終わったところで問題は何ひとつ解決していないのだ。

また、もうひとつ野木亜紀子の脚本の巧さに唸らされた場面がある。

はっきり言うと、やっぱり外国人労働者は連ドラで扱うには、一般視聴者からやや "遠い"問題だ。第2話の加々見(松下洸平)や第4話の青池透子(美村里江)の方が感情移入しやすかった人も多いかもしれない。

そこで最後に、女性隊長であるがために男性たちから疎んじられている桔梗(麻生久美子)にこんなことを言わせた。

「何を恐れているんだろうね。ただここにいて、働いているだけなのに」

これは女性の社会進出が進む(もしくは進んでいると見せようとしている)今の日本の職場で起きているさまざまな摩擦や対立を示している台詞だ。きっと共感した人も多いだろう。だけど、当然それだけじゃない。この「ただここにいて、働いているだけなのに」の主語を女性から外国人労働者に置き換えることで、より台詞がクリアになる。

今回、最後に「特定技能1号」という制度が紹介されたが、「特定技能1号」の在留期間は上限5年に限られている。一方、「特定技能2号」は在留期間の上限が設けられておらず、家族の帯同も認められており、条件を満たせば永住申請も可能となる。これが一部から「移民政策」と批判を受けた。

外国人労働者によって日本人の仕事が奪われる、という言説は根強く、反発の声も大きい。決して外国人労働者の問題は、彼らの悲痛な叫びや訴えを描いて終わりではなく、僕たちの未来に直結したものなのだと思い知る。そしてその上でもう一度、桔梗の「何を恐れているんだろうね。ただここにいて、働いているだけなのに」という言葉を噛みしめると、女性や外国人労働者はもちろん、ただ一生懸命頑張っているだけなのに、既得権益にしがみつく一部の者たちから阻害されるすべての人たちのための台詞なんだということがわかる。

こうして、"遠い"問題さえも、ぐっと眼前に引き寄せてくれるから、やっぱり野木亜紀子の脚本は面白いのだ。


フォーリンラブした伊吹と、博多弁炸裂の九重が可愛すぎてどうしよう


回を重ねるごとに愛らしさが増していく4機捜の面々だが、今回は特に伊吹(綾野剛)がチャーミングだった。マイにあっさりフラれるものの、「マイちゃん、君はまだ俺の魅力に気づいていない」と食い下がるところも可愛かったし、それに「え、粘るの」とすかさずツッコミを入れる志摩の間合いも気持ち良かった。

かと思えば、逮捕された水森に駆け寄ろうとするマイを引き止めたときの一瞬のアップがやるせなさに満ちていて、普段はチャラけた伊吹が誰に対してもどこまでも優しい人なんだということが伝わってくる。その前の志摩のアップも含め、ある出来事に対する伊吹と志摩のリアクションの違いを毎回しっかり捉えてくれているので、伊吹と志摩のキャラクターの違いが自然と浮き出てくるのも、このドラマの演出のうまいところだ。

可愛らしかったという意味では、九重(岡田健史)も負けていない。冒頭の張り込み中に「やっぱり店員役は私がやるべきでした」と嘆き、陣馬(橋本じゅん)に「お前それ昨日も言ってたな」とツッコまれているところも笑えたけど、書き込みの真意を見抜き、「隠語みたいなもんたい。水森は強盗を集める気はなかとですよ」と威勢良く電話を切ったあと、「やったばい」とひとり鼻の穴を膨らませるシーンは最高。福岡出身の岡田健史らしい博多弁で、序盤の小生意気な新人刑事がいつの間にかすっかり愛され小僧になりつつあるのがうかがえた(その横で呆気にとられている橋本じゅんの表情も絶妙!)。

また、志摩に関して言えば、ウイスキーに対してトラウマがあり、それはどうやら死んだ相棒の事件に紐づいていることも明らかになった。いよいよ次回は志摩の過去に伊吹が踏み込むこととなる。はたしてなぜ志摩の相棒は命を落としてしまったのか。暗渠に立つ志摩を掬い上げることができるのは伊吹だけ。志摩が背負った罪を、伊吹が解き放ってくれることを願いたい。

文・横川良明    イラスト・月野くみ
2020.07.26  PlusParavi 




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