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『MIU404』第9話 甦る後悔と恐怖。それでも人は戦い続ける

救えなかった人がいる。間に合わなかった想いがある。そんな後悔や罪の意識を抱えて、人は生きている。あのとき、こうしていれば。選び損ねたいくつもの分岐点を、何度も夢に見る。何度も悔やむ。

でも、それでも前に向かって進んでいけば、分かれたはずの道がまた交わるときがあるのかもしれない。違えた選択にもう一度答え直すときが来るのかもしれない。

『MIU404』第9話は、後悔を抱えるすべての人たちが決して易しくはない現実と戦い抜いた回だった。

それは、4機捜全員にとっての戦いだった


こんなにも息のつまる想いで、画面にかじりついたのは久しぶりのことだった。羽野麦(黒川智花)がエトリ(水橋研二)の手に落ちた。その手引きをしたのは、成川(鈴鹿央士)。ほんの5ヶ月前まではただの高校生だった成川が、引き戻せないところまで来てしまった。

麦を、成川を、もう一度元の場所に戻してあげられるか。帽子やストールで顔なんて隠さずに、堂々と顔を上げて、笑って、陽の注ぐ道を歩くことのできる人生を取り戻してあげられるか。それは、4機捜全員にとっての戦いだった。

伊吹(綾野剛)は「間に合わなかった」悔いに、今まさにぶちあたっていた。今回のファーストシーン。メロンパン号の落書きを消している伊吹の顔を見たとき、8話からそのまま物語はつながっているんだという、当たり前だけど、でも普段連ドラを観ていても今更改めて思うこともない感想を抱いてしまった。

それは、ホースで水をかける伊吹の顔が飼い主をなくした忠犬のようで、その表情だけで伊吹の中にある消えない悲しみを感じ取ってしまったから。あの落書きだらけのメロンパン号は、伊吹の心だ。負った傷は、そう簡単になくならない。私たちがこの9話を待っていた1週間、伊吹もずっとどこかで生きていたんだ、苦しんでいたんだと、物語の中の登場人物に不思議な実在感を見てしまった。

この実在感は、9話全体を通して全員に感じたことだ。つくりものだとわかっている。なのに、どうしてもつくりものを見ている気がしない。伊吹と成川がタッチの差ですれ違い、成川の手に麦の連絡先が渡ってしまったときも。しつこく通知音の続く麦のスマートフォンに桔梗(麻生久美子)が手を伸ばそうとしてやめたときも。もうすぐそこまで成川の存在は近づいているのに、あとちょっとで届かない。そのもどかしさと、どんどん近づく不吉な気配に心臓が痛くなる。

そして、最終的に麦は捕えられてしまった。あれだけ警戒していた麦が成川の呼び出しに応じてしまったのは、麦が愚かだからじゃない。彼女は、願っていた、「正しいことをした人が、後悔しないですむ世界」を。自分自身が、誰にも助けてもらえなかったとき、桔梗に救ってもらえたから、今度は自分が力になりたい。その善意が、裏目に出た。世の中は、表ばかりじゃないのだ。善意のリツイートが、誰かに加害を与えることもあるように。

この実在感は、全員で緊張の糸をつないでいるから


そこからの緊迫感、スピード感、スリル感はもはやフィクションの域を超えていた。桔梗から連絡を受け、麦が行方不明になったことを知る志摩(星野源)。暴れ出しそうな気持ちをぐっと抑える星野源の表情のすさまじさから、バトンは綾野剛へ。

「ハムちゃんがいなくなった。携帯もつながらない。おそらくエトリに捕まった」。

その瞬間に爆発する感情。そこに、エトリに対する怒りだけでなく、ほんのついこの間、大切な人を助けられなかった生々しい傷口から溢れ出した痛みまでもが伝わってくる。だから、余計に胸を揺さぶられるのだ。

また大事な人をなくしてしまうかもしれない。その恐怖と戦っているのが伝わる顔だ。そして同じ恐怖と戦いながら、けれど決して表情を崩さず目に闘志を込める星野源との対比も鮮明で、改めてこのバディの化学反応に痺れるような想いがした。

窓を飛び越える軽やかな跳躍。澤部(福山翔大)を追う美しいフォームと射るような目。志摩によって澤部から剥がされたあとの、火を放ちそうな血走った視線。とても「カット」の声がかかったら、「お疲れ様でしたー」と俳優の顔に戻るようには思えない。

緊張感という一本の糸を、伊吹と、志摩と、桔梗と、九重(岡田健史)と、陣馬(橋本じゅん)と、そしてその他全員のキャストとスタッフでつなぎ合う。そんなシーンの連続だからこそ、彼らを実在しているように感じてしまうのだ。つくりものの世界にこんなにも胃がきりきりと痛むのだ。

ふたりはずっと恐怖と戦い続けていた


今度こそ絶対に間に合わせる。伊吹と志摩の祈りにも似た誓いは、それぞれの能力によって叶えられる。理性の刑事・志摩は、みんなが街を駆け回る中、改めて大きく息を吐いてクールダウンし、数少ない手がかりの中から麦と成川の居場所を導き出した。そして野生の刑事・伊吹は、その何があっても揺るがない正義の信念と動物的な聴覚で、成川の助けを求める声を捉えた。ふたりだから、見つけられた。ふたりだから、間に合った。

最後に伊吹と志摩が抱き合った瞬間、観ているこちらまで涙が溢れ出たのは、もちろん麦の命が助かった喜びもあるけれど、この麦の救出こそが、伊吹と志摩をそれぞれの絶望から救い出すことでもあったから。一度、間に合わなかった経験を持つふたりがもしもう一度間に合わなかったら、今度こそ立ち上がれなかったかもしれない。喪失の恐怖と戦い抜いたこと。そして、その恐怖の重さを分かち合えるのは、目の前にいる相棒だけであること。それが、何も説明しなくてもわかるから、ふたりの抱擁に全身が熱くなってしまったのだ。

「品川331 し ・・32」は、麦の渾身のカウンターだ


そして戦っていたのは、伊吹と志摩だけじゃない。ある意味、伊吹と志摩以上に戦ってきたのが桔梗だ。警察の力不足でエトリを取り逃がしてしまったせいで、麦に長らく不自由な生活を強いてしまった。最も近くで生活を共にしてきた桔梗だからこそ、麦がいなくなったと知ったときの絶望感は深かったはずだ。それでも、冷静にチームを統率し、部下に指示をする。そこに桔梗の管理職としての優秀さを見たし、そうやってずっと自分の感情を排してきた桔梗が叫んだ「目の前だよ!」は、何か魂を突き破られるような熱があった。

そんな桔梗の対となる麦の描写も素晴らしかった。幼稚園教諭の給与だけでは生活が苦しいと週末にバイトをし、そのバイト先で出会ったエトリによって人生を壊された。ただ真面目に働いているだけなのに、生活が困窮してしまう今の日本の不条理。そして、ただ腕力に劣るというだけで、男性に隷属を強いられる今の女性たちが抱える理不尽。そういったものの「被害者」として麦を描きながら、決して麦を可哀相な「被害者」で終わらせなかった。麦は反撃の一手に出た。あの絶望的な状況でエトリの車のナンバーを覚え、それを成川に託した。

麦もまた戦っていたのだ。「品川331 し ・・32」は、麦からの渾身のカウンターだ。それがわかっているからこそ、戦友である桔梗は逃走車両ナンバーを伝えるとき、一度ぐっと息を飲んで、そこから感情がこぼれるのをこらえて、麦の感じた恐怖や絶望を共に引き受け、それを跳ね除けるように、読み上げた。俳優・麻生久美子の力量に震える屈指の名演技だった。

あの「全部聞く」に九重のこれまでの日々が込められていた


九重の戦いもまた涙腺を熱くさせるものがあった。自分が取り逃がしたせいで、成川は裏社会に堕ちてしまった。だからこそ、自分が成川を見つけたい。そう頭を下げる九重には、「あんな警察官、周りの迷惑ですよ」(第3話)と吐き捨てるように伊吹を一瞥した頃の面影はどこにも見当たらなかった。彼は変わった、4機捜に出会って。だからこそ、力尽きて水中に沈んだ成川を九重が掬い上げた場面もまたドラマティックだった。

エトリに命を狙われ窮地に追い込まれた成川が電話をしたのは、久住(菅田将暉)だった。そして、久住に呆気なく捨てられた。もしあそこで110番をしていたら事態はまったく別のものになっていたはずだ。頼る大人を間違えたとき、悲劇は生まれる。

縋りつくような成川の「助けて」にまるで聞く耳を持たなかった久住に対し、九重は「全部聞く」とまっすぐ成川の目を見た。これも鮮やかな対比だったと思う。あの「全部聞く」には、九重が4機捜で過ごしたこれまでの日々のすべてが込められていた。一度落ちたパチンコ玉も、もう一度掬い上げれば正しい道を走っていける。分岐点はあくまでただの通過点であり、何度だって人はやり直せるのだ、自分自身があきらめない限り。

そして、そんなシリアスな9話の中で見事な顔面配備で笑わせてくれた陣馬と、それを一生懸命真似する九重も微笑ましかった。陣馬が言ってくれた「できなかったことを数えるんじゃなくて、できたことを数える」は、今作の名台詞のひとつだろう。陣馬なくして4機捜なしという存在感で若いメンバーを支えてくれた。

まるで最終回のような盛り上がりを見せた9話だったが、最後に事態は一変する。副題の「或る一人の死」はエトリという本名もわからない男のことだった。エトリの死によりあらゆるものが闇に葬り去られた。現実社会と同じだ。トカゲの尻尾を切るようにして、誰かが罪を背負わされ、抹殺される。一瞬でBANされてしまった「大草原」というナウチューバーのように。

ドローンの画面越しに伊吹と志摩を見下ろす久住の画は、息が止まるような恐怖感があった。あの飄々とした関西弁。嬉々とした顔で人の人生を弄ぶ不気味さ。まさに菅田将暉の本領というべき無邪気な冷酷さを見せてくれた。

今後はこの久住との最終対決がメインになるだろう。おそろしいことに、『MIU404』のピークはこの9話ではないのだ。まだ先がある。もっともっと面白い展開が僕たちを待っている。それは、なんとうれしい事実だろうか。迫りくる最終回に喪失感を覚えつつ、あと一週間したらまた極上の物語が楽しめる。そんな畏れに近い興奮が、今、胸の中で暴れまわっている。

文・横川良明  イラスト・月野くみ
2020.08.23  PlusParavi


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