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『MIU404』第6話 志摩の心を救った、伊吹が見つけた2つの事実
人は、亡くなった人の人生を勝手にあれこれ決めようとする。特にその死が、自分の目からは不幸そうに見えるときはなおさらだ。辛かったんじゃないか。苦しかったんじゃないか。自分が追いつめたんじゃないか。そんな後悔が何度もリフレインする。
でも、その人がどう生きたか。最後に何を思ったかなんて誰にも決められない。本人にしかわからない。
『MIU404』第6話は、救われない想いをたくさん抱えて生きていかなければいけない僕たちを、救ってくれるものは何か教えてくれた回だった。
その人の人生は、決してどう死んだかだけで決まるものではない
志摩(星野源)のかつての相棒・香坂(村上虹郎)はマンションの非常階段から転落し、死亡した。その死につきまとうのは、不穏な憶測。死の直前に目撃されたのは、志摩がものすごい剣幕で香坂を部屋に押し込む姿。志摩と香坂の間で何かしらのトラブルがあったのではないか。そんな憶測からついた名前は「相棒殺し」。
司法解剖に基づき捜査を進めた結果、香坂の死は事故死と断定された。自殺でもなければ、他殺でもない。けれど、志摩はその死から逃れることができなかった。その理由は、死の直前の香坂から送られてきた1通のメール。
「うちの屋上で飲みませんか。志摩さんの好きな酒、買って待ってます。」
香坂からの誘いに、志摩は応えなかった。ふざけんな、と無視をした。以来、ずっと志摩は繰り返してきた。
「あのとき声をかけていたら。あのとき屋上に行っていたら。もっと前、俺があいつの異変に気づいていたら。スイッチはもういくらでもあった。だけど、現実の俺は全部それを見過ごした。見ないふりした」
オーバーラップするのは、白熱電球のフィラメント。何かひとつスイッチを押すことができたなら、彼の命を灯すことができたのかもしれない。その幻影に取り憑かれながら、志摩はずっと生きていた。
志摩も、他のみんなも、彼が死んだその日のことだけに目を向けていた。だから、失意と絶望の中で香坂は死んでいったと思い込んでいた。でも、その人の人生は、決してどう死んだかだけで決まるものではない。
それに気づかせてくれたのが、伊吹(綾野剛)だった。屋上で、香坂は目の前のマンションの一室に不法侵入する男を見つけた。香坂は急いで通報し、現場に駆けつけようとした。そして、その途中で誤って非常階段から転落した。
「何だその作り話は」「証拠がない」と反論する志摩に伊吹が提示したのは、向かいのマンションのベランダに貼られた紙。そして、通報記録。このふたつの事実が、ネガティブな憶測に塗り潰されてしまった香坂の尊厳を救ってくれた。
香坂は刑事失格のまま死んだんじゃない。最後の最後まで刑事として生きた。自分の信じる正義を貫いて、この世を去ったんだ、と――
志摩の胸によぎる香坂の思い出がほんの少し温かいものになっていますように
初めて伊吹とバディを組んだとき、志摩は伊吹に「規則は必要だからある」と厳しく言っていた。違法な捜査で容疑者を逮捕しようとした香坂の存在があったからだろう。
規則に対してルーズな伊吹と、規則を破った香坂。ふたりを分けたものは何だったのか。
それは、事実に対する向き合い方だ。真実を手繰り寄せるために、香坂は事実をねじ曲げた。対する伊吹は事実を丁寧に調べた。九重(岡田健史)の「遺書」という単語を「手紙な」と訂正したように、あくまで伊吹は事実だけを誠実に見つめ、その中から真実を見つけ出した。
「どうせわかりませんよ、本当のことなんか」と捨て鉢になっていた志摩を救えるのは、憶測でも祈りでもない。厳然たる事実だ。香坂が正義の心を見失わず生き抜いた、という事実。それが、伊吹が見つけてきた貼り紙と通報記録だった。そしてその事実が、志摩の心をほんの少し軽くした。決して香坂は自分の運命を呪いながら死んだんじゃない、と思わせてくれた。
真実がわかったからと言って、香坂が帰ってくるわけではない。人の心はそんなに簡単に回復するわけでもない。きっとこれからも志摩は折にふれて香坂を思い出すだろう。あのとき、屋上に行っていれば何かが変わったんじゃないか。自分に対する責め苦は、消えない。
だけど、そのときリフレインする「もしも」の筋書きは、今よりほんの少し温かいものになっているかもしれない。あの夜、志摩の好きなウイスキーを用意してまで香坂が話したかったことは何なのか。きっとその内容は、志摩に対する恨みつらみでもなければ、刑事を辞めなければならなくなったことへの怨嗟でもない。
短いなりに相棒として一緒に歩んだ日々を振り返るために、香坂は飲めないお酒を買った。志摩の分のグラスを用意して。あの半分だけのウイスキーと空っぽのグラスは、ふたりで乾杯するためのものだったんだと。
もちろんこれも結局は憶測でしかない。だけど、そんなふうに相棒の死を志摩が受け止められるようになったらいいなと願うことは、そんなに悪いことじゃないはずだ。
綾野剛と星野源。冷静さの中でこそ光る会心の演技
この第6話は、4機捜それぞれのメンバーの見せ場が光った、まさにチーム力の回だった。
「玉突きされて入った俺が、404で志摩と組むことになって、ふたりで犯人追っかけて、その1個1個1個全部がスイッチで・・・なんだか人生じゃん」
熱く、熱く、言葉を走らせながら、最後に「なんだか人生じゃん」と楽しそうに、でも切なるものが迫った顔で言った伊吹。そのあとに続く「1個1個、大事にしてえの。あきらめたくねえの」まで含めて、感情を乗せながら、だけど力任せにはならない。軽やかな台詞回しの中に万感の想いを込めた綾野剛の演技が見事だった。
「志摩と全力で走るのに、必要なんすよ」と最後にふっと笑った顔が、底抜けにポジティブな伊吹らしくて、6話をかけて綾野剛が緻密に築き上げてきた伊吹藍というキャラクターの向日性は、このシーンのためにあったのだと膝を打ちたくなるぐらい心に響いた。
電話越しで香坂の死について語る志摩の「行かなかった」は、今まで聞いたことのないような声で、その瞬間、志摩の中で何かが崩れる音が聞こえた気がした。きっと志摩はこの後悔を誰にも言えずに抱えていたんだろう。あの性格だ。そう簡単に他人に打ち明けられるわけがない。でもそれを、ようやく話せる相手ができた。悲しいシーンなのに、それがなんだかとてもうれしかった。
香坂の通報によって救われた女性から「あなたのおかげで元気でーす」と伝言を託されたあとの志摩の表情も胸に来るものがあった。大げさに顔を歪めせたり、震えたりすることはない。それができたら、志摩はもっと楽で。できないからこそ、志摩一未であって。息を止めるようにして溢れる感情を飲み込んで、「はい、必ず伝えます」と約束する。相棒としての最後のミッションを任された決意が見える顔だった。抑制の中に志摩の胸の内を表現した星野源もまた素晴らしい俳優だと思う。
桔梗(麻生久美子)の毅然とした姿勢も美しい。いつも背筋をぴんと伸ばし、落ち着いた口調で部下たちに接する桔梗。それはきっと少しでも感情的になったら「これだから女は」と言われてしまう男社会の警察組織で身につけた彼女なりの振る舞いなのかもしれない。家で焼肉を焼くときの桔梗の気さくな笑い声はごく普通の母親のそれで。だからこそ彼女のすぐそばに魔の手が近づきはじめていることに胸が痛む。
しかもそれが、香坂の死に気をとられた志摩が、業者の仕込んだ盗聴器に気づけなかったことが原因であることが苦しい。ここでまたひとつ分岐点ができた。もしあのとき自分が気づけていたら。人生はいつだって皮肉なスイッチばかりだ。
九重は自分の犯した失敗に、はたしてどう向き合うのだろうか
一方、九重と陣馬(橋本じゅん)のバディもまた着実に距離が近づきつつある。香坂の犯した過ちを知った九重がこぼした「自分が使えないやつだって、認めるのは怖いですよ」という台詞は、少し前ならきっと口にできなかったはずだ。前回の「やったばい」からわかるように、九重は未熟なりに自分の力を証明したくて必死だった。何もしなくても「九重刑事局長の息子」と厚遇されることへの反発だろう。
ずっとかっちりとしたスーツで武装していた九重が、なりゆきとは言え、初めて大学生みたいなパーカー姿で捜査に乗り出た。窮屈なジャケットを脱いだ九重は、いつもよりずっと自然だった。あんなふうに素直な気持ちを言えるようになったのは、陣馬に心を許しつつある証拠だ。
そんな九重に陣馬が摑みかかるようにしてぶつけた「間違いも失敗も言えるようになれ。ぱーんって開けっぴろげによ。最初から裸だったら何だってできるよ」という台詞は、今回のもうひとつの感涙ポイントだ。視聴者は、第3話で九重が犯した小さなミスを知っている。そして、そのミスが少しずつ波紋を広げようとしていることも。
その事実を九重自身が知ったとき、彼はどう向き合うのか。陣馬はどうそれを受け止めるのか。きっと今のふたりならお互いの手を取り合うことができると信じたい。
次回は、そんな陣馬に大きく焦点が当てられる回になる模様。家族にも冷たくされる昭和の生き残りのような人情派刑事がどんな活躍を見せてくれるのか。きっとまたひとつ4機捜のチームワークが深まる回になることは、もう間違いない。
文・横川良明 イラスト・月野くみ
2020.08.02 PlusParavi