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2012年6月15日『尾崎豊と練馬区とわたし』

【中井祐樹Diary on Facebook 2011-2013】
かつてFacebookにて投稿していたコラムをまとめた旧「ノート」機能の廃止により、こちらに復刻リンク致します。
のちの拙著『希望の格闘技』(2014年刊行)の原型ともなりました。

【10年前の2012年6月15日のコラム】
 NHKの「SONGS」の再放送で尾崎豊さんの映像を見る。異様な迫力がやはりあって、しばし見入ってしまった。

 伝説的存在になってしまったが、失礼ながら個人的にはのめり込んだことは生前には全くなかった。俺はいいかな、みたいな…。大宮に住んでた頃にようやっとまとめて聴くようになったのだった。

 尾崎さんは少年期を今僕が居住する練馬区で過ごしたそうだ(しかも激近)。生家である、今は無き都営住宅があった春日町界隈~田柄・光が丘一帯。母校の区立東中学校。「15の夜」の舞台らしい向山(こうやま)公園。お父様が勤務していたらしい陸上自衛隊練馬駐屯地と、「名所」が点在する。だいぶ風景は当時と違うだろうけど。

 甲斐バンドや浜田省吾が好きだったらしいことも勝手ながら親近感が沸く。"プレ尾崎"は間違いなく彼らだったのだから。怒りの対象と表現方法が違うだけで、人は皆そう変わらない(と、僕は頑なに思っているけれど)。

 そうそう、前ウチにいたある選手に「尾崎が好きで、テーマ曲にしたいんだけど何がいいか」と問われた僕は即答で「FIRE」がいいよ、と返したのを今、思い出した。いいチョイスでしょ?もっと他にあったかな。

初出:2012年6月15日のウォール 



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