壁に梯子をかけて、一緒に乗り越えたい
私が邦銀で銀行員をしていたとき、毎日同じような格好をして、決められたルールの中で粛々と仕事をしていて、ふと自分の個性が失われていくような感覚に陥ったことがある。それに反抗して起こしたささやかなムーブメントは、絶対に銀行員が着ないような、規則に反した服装をすること。周囲からは「一体何を目指しているんだ」と好奇の目で見られたが、私はルールや固定観念に依らない自律的な自分を保つことができ、一種の誇らしさを感じていたのを覚えている。どんな状況に置かれても、周りからどう見られようとも、自分らしくあり続けることの意味を知っていたからこそ、ウガンダ発ファッションブランドの起業という道なき道も難なく選べたのだと思う。
しかしこの経験を以って、ネジュマたちを取り巻く環境を理解したつもりには到底なれない。私はこの映画を見たとき、かつて村上春樹氏がエルサレム賞受賞時にしたためた「壁と卵」のスピーチを思い出した。彼女たちの前には、伝統的宗教観や社会通念、抑圧、ステレオタイプなど、長年かけて塗り固められた大きな壁がそびえ立っていた。ネジュマは命をかけてその壁に立ち向かい、外の世界に飛び出そうとしたが、圧倒的な壁はそれを許さなかった。彼女たちの決断と行動が余りにも真っ直ぐで、純粋で、無防備に描かれていたから尚のこと、壁に打ちのめされたときの呆気なく脆く崩れていく様が非常に切なく感じられた。「自分らしく生きたい」という、誰しもがもつ何気ない願いさえも打ち砕かれる現実に、私は無力感を感じた。
どうしたらネジュマたちは自分らしく生きられるのだろう。単に壁を壊す、伝統宗教を否定するだけでは、新たな憎悪を生み出すことに繋がってしまう。現実的な解としては国を出ることだが、それは問題の先送りでしかなく、ネジュマもそれを理解していたからそれを選ばなかった。多くの同じ志を持つ女性たちが連帯し、いつか誰かがその壁を乗り越えていくことを願いながら、壁に梯子をかけ続けるしかないのかもしれない。
私たちが生きている環境ももちろん様々な課題はあるにせよ、今日何を着るか、誰とどこで時間を過ごすか、何を学び、どんな夢を抱くか、そんな何気ない希望を叶えるための十分な選択肢と、それらを自由に選ぶ権利を、私たちはごく自然に享受している。ある種の特権とも言えるだろう。特権をただ単に行使して満足するのか、それとも今この瞬間も梯子をかけようとしている女性たちに還元できるよう活かすのか。私は後者のようにありたいと思いつつ、実際は声しか挙げられない自分にやるせなさを覚える日々である。いつか、世界中の女性が社会的通念や固定観念を乗り越えて、ありたい姿でいられる日がくることを心から願う。
【著者】仲本千津(RICCI EVERYDAY 代表取締役COO兼Rebeccakello Ltdマネージングディレクター)
1984年生まれ。大学院卒業後、邦銀で法人営業を経験。その後国際農業NGOに参画し、ウガンダの首都カンパラに駐在。その時に出会った女性たちと日本に暮らす母と共に、カラフルでプレイフルなアフリカ布を使用したバッグやトラベルグッズを企画・製造・販売する「RICCI EVERYDAY」を創業。2015年に日本法人、2016年に現地法人を設立。2019年には日本初の直営店舗を代官山にオープン。
2016年11月第一回日本アフリカ起業支援イニシアチブ最優秀賞など受賞多数。頭の中を巡るテーマは、「紛争を経験した地域が、過去を乗り越え、幸せを生み出し続ける場になるには、どうすればいいか」ということ。
https://www.riccieveryday.com/
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