【短編小説】明日死ぬって言ったらどうする?
「明日死ぬって言ったらどうする?」
その日、私は友人である英生と中華料理屋に来ていた。
目的はひとつ、激辛料理である。
私たちは、定期的に激辛料理を食べる。
それはストレス発散の為であり、互いの近況報告の為でもある。忙しい社会人にとっては、なくてはならない大切な時間だ。
どうして毎回激辛料理かと訊かれれば、答えは単純明快。素面で話すには恥ずかしいけれど、お酒を入れるほどでもない話題に、美味い辛いとひいひい言いながら食べる激辛料理は、思う以上に最適なのだ。
今日も、私は三ヶ月に一度の激辛料理食事会を楽しみにやって来たのだが。
料理を注文して少し経った頃、英生はいつもの会話と同じテンションで、先のとんでもない爆弾発言を放り込んできたのだった。
「は?」
なにかの聞き間違いかと思った私の口から咄嗟に出たのは、そんな音だけだった。だから、確認も兼ねて、次いで、
「それは、ええと、本気のやつ? それとも冗談?」
と訊いた。
「本気の本気。マジなやつ」
果たして、英生は悪戯な笑顔を浮かべた。
表情と言動が一致していない。
だが、声音だけ聞くぶんには、本気であるように思える。
「英生って、なにか病気してたっけ?」
「いいや、してないよ」
「つまり、なに、自殺するってこと?」
「そういうこと」
英生は悪びれず、けろりと衝撃的な発言ばかりする。
「本当は今日死のうかなって思ったんだけど、そういや実貴と約束してたなって思い出してさ。せっかくだから、この食事会はしておきたかったんだ」
「……それは、私が今『辞めなよ』って言ったところで、止まらない?」
「止まらないねえ」
だって決めたもん、と英生は言う。
「実貴とこうしてお喋りするのは楽しいよ。いつも、すごく楽しみにしてる。だけど、三ヶ月に一度の機会を楽しみに生きるの、限界になっちゃって」
「そ、それなら毎月、なんだったら毎週にしても良いから――」
「いやいや、そんな頻度で激辛料理を食べてたら、お尻が壊れちゃうって」
英生は、あっけらかんと笑う。
こんなにいつも通りに見える友人が明日死ぬつもりだなんて、どうしたって信じられない。
なにかの間違いであって欲しいと願うのは、私のエゴなのだろうか。
「良いんだよ、実貴。実貴に責任はない」
英生は言う。
「俺はただ、生きていくのがしんどくなったからギブアップするだけ。この間食べた激辛特盛料理と同じだよ。限界が来たら、食べるのを辞める。それとおんなじってこと」
「英生と会えなくなるのは、寂しいよ」
「あは、俺も俺も。お揃いだね」
「それじゃあさあ――!」
どうにかして、英生の自殺を止めたい。
その一心で言葉を探すが、人の考えを改めさせるような冴えた一言なんて、私の瞬発力で出てくるものではない。
「ごめんね、実貴。本当は言うべきじゃないことくらい、わかってたんだ。だけど、こうして定期的に会ってお喋りしてくれる実貴になんにも言わずに去るのは、君に対しての不義だって思った。だから伝えただけだよ。聞いてくれてありがとね」
「そんなこと言うくらいなら、死ぬなよー……」
「あはは、それはできないんだ」
私が考えあぐねているうち、注文した料理が運ばれてきた。
この世のものとは思えない、赤黒い色をした麻婆丼である。
「ほら実貴、食べよ。これ食べるの、楽しみにしてたんだ~」
英生は楽しそうに手を合わせ、私もそうするのを待っている。
料理が冷めるのは、いただけない。
混乱する頭でそれだけを処理した私は、促されるまま手を合わせた。
「……いただきます」
「いただきまーす」
合掌し、おどろおどろしい色の麻婆を口の中に放り込む。
美味しいと思ったのも束の間、想像していた以上の辛さが口内を刺激し、思わず涙が出た。それでも構わず、私はもう一口、さらに一口と食べ続ける。
「うぅ……死ぬなよ馬鹿英生ぉ……」
「あは、先に地獄で待ってるぜぇ、実貴」
涙で前が見えなくなっても、私は麻婆丼を掻き込み続けた。
泣きながら激辛料理を食べる私を見て、友人が気まぐれに考えを改めてくれないかと、そんな祈りと共に。
終
お題で書いた短編小説でした。
【文章】
「明日死ぬって言ったらどうする?」
【単語】
「俺」「不義」「激辛」
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