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単発短編小説

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一話完結の短編小説置き場。
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2024年8月の記事一覧

【短編小説】あのとき守れなかった約束を、もう一度。

 身支度を整え、あいつのお気に入りの花である水仙と、一番好きなお菓子だっただろうチョコチップクッキーの袋を持つ。  雨天決行。  傘立てから傘を一本抜き取り、私は家を出た。  傘には、ばつばつと勢いよく雨が当たる。ビニール傘は一瞬にして濡れ、そこに数多の水滴をくっつけていた。  春を待つ季節の雨は、しっとりと足元を冷やす。しかし、それは私が外出をやめる理由にはならない。  今日の私には、約束があるのだ。  だから私は、春の嵐にも負けず、目的地へと歩を進めるのだ。  あいつと

【短編小説】記憶喪失になったら婚約者から溺愛されるようになりました

1.――「あの……どちら様でしょうか?」 「来週、気になってる映画が公開されるんだけど。一緒に観に行かない?」 「……ふうん」 「それで、映画の帰りに、行ってみたいカフェがあるんだ。ラテアートが可愛いんだって。そこも一緒に行こうよ」 「……別に」  月に一度行われる、婚約者とのお茶会。  家同士が取り決めた婚約者であり、幼馴染である櫨原侑誠は、私の向かいの席で、つまらなそうに生返事を繰り返す。  別に良い。いつものことだ。  小学校中学年頃から高校二年生に至る今日まで、私