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映画サンダーロードは感情が右往左往する映画

映画「サンダーロード」。妻と別居して共同養育をしていると思われる父親が主人公ということで、連れ去られ親の界隈で公開前から話題となっていました。公開後、さっそく観てきましたのでレビューしちゃいます。若干ネタバレあり。後半には親子関係についての解説あります。

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結論からいいますと、実に味わい深い映画でした。エンターテインメントではないかもしれない。でも、観たものの感情を右往左往させるという点では他にない感覚を覚えました。感触としてはウェットで、アメリカ映画らしくないようにも思いました。

主人公はちょっとばかり(?)行動が極端な性格。これが笑いと悲哀をふんだんにぶっ込んできます。が、映画はじつに淡々と進みます。ここで笑って!ここで泣いて!というようなわかりやすい演出は、いっさい無いのがこの映画です。

あれ?これ笑っていいんだよね?

笑ってはいけないものを笑ってしまうような、そんな思いにとらわれつつもフフっとなってしまいます。こうしたエクストリームな笑いを楽しめるかどうかで、この映画の評価は変わってくるのかもしれません。

そういう笑いは、だいたいが悲哀と表裏一体になっていて、一方でウルっときたりもするのです。悲哀と表裏一体だからこそ、笑ってはいけないという思いも生まれるのでしょう。でも本来、人生における笑いというものはそんなものなのかもしれず。ほろ苦くも味わい深い、そんな渋さを感じます。

主人公の行動はぶっとんでいるので感情移入しづらいとは思いますが、わかりやすくお笑いとしてぶっとんでいるという表現ではないので、リアリティがないわけでもなく。極限の状況では、人間これくらいのことはあるんじゃないかなって思えます。だからこそ悲哀まで感じてしまうのでしょう。

長回しのカットによる、一歩ひいた視線で主人公の奇行を眺め続けるというのも、笑いを味わい深いものにしてくれています。もちろん悲哀も。なにせ冒頭からおそらく10分近いであろう長回しのカットではじまります。長回しは最後まで多用されていたように思います。

音楽もなかなかよくて、主人公が落ち込んでいるシーンではちょっと不気味なコントラバスが通奏低音のように流れているのが印象的でした。監督・主演であるジム・カミングスが音楽も担当しているんですね、多才な人です。おそらくかなりの低予算という事情もあるのかもしれませんが、その辺はあまり気になりません。

そして衝撃的な、それでいて淡々と描かれるラストの一連のシーケンスは、もう感情があっちこっちに揺さぶられます。子どもと今現在引き離されている当事者親なら、なおさら複雑な思いもよぎります。ジェットコースターっていう感じでもなく、あくまで淡々と。そして最終カットの主人公の表情に集約されていきます。ここは本当に素晴らしい。

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この映画にはもとになったショートフィルムがあり、ぼくは先にこれを観てから映画を観ました。先にショートフィルムを観ても全く問題ありません。映画の冒頭シーンはショートフィルムとほぼ同じ、もちろん想起される感覚も同じものです。決定的な違いもあって、映画版のほうがさらに笑いと悲哀が増しています。どう違うのかは見てのお楽しみ。

そのショートフィルムはこちらで観られます。

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この映画では、子どもがいる状態での別居や離婚が主人公の悲哀として大きな部分を占めています。この分野において、アメリカ等の先進国に比べると日本は大きく遅れをとっており、常識が異なるために日本の一般的な鑑賞者には伝わらない恐れすらあるかなと思っていたのですが、そうした部分はあまりなかったように思いました。

主人公は共同での養育を主張しますが、母親側は単独監護(sole custody)を主張し、男と引っ越そうとします。こういった部分は既視感があります。先進国であっても考えることはだいたい同じなのかもしれません。だからこそ子どもや親の権利をきちんと保護する法制度が必要となるのでしょう。

登場人物の志向、方向性としては日本と変わらないようにも見え、日本人にもわかりやすい構図ではあったわけですが、しかし実現している養育のレベルは、日本のそれとはまったく違っています。このあたり、普通の日本人には状況を理解しづらい部分もあったのではないでしょうか。その辺を挙げていきましょう。

1.父母が別居しても共同養育している

主人公は週の前半三日ほど娘の監護をしているようでした。だいたい40:60という感じでしょうか。日本においてはほとんど見られない光景です。なぜかといえば、そういう文化もなければ、支援・担保する法制度もありません。会えている親子でも月にたった1度2時間程度なんていうのが相場です。養育とはかけはなれた、恐るべき状況です。

かつてはアメリカも片親による養育が当たり前だったといいます。遅れに遅れた日本では、海外の40年以上まえの状況にあります。離婚後の共同養育は国連からも勧告されており、研究会で検討がなされてはいますが、はたして実現はいったいいつになることやら?それまで、子どもも、引き離された親も、苦しみ続けなければならないのでしょう。

2.公開の審判で審理される

字幕では調停となっていましたが、劇中のそれはどうみても調停ではありません。公開の場で裁判官が審理して決定を下していましたから、裁判やそれに準じるものでしょう。ここは今後字幕が修正される機会があれば直していただきたいところです。

調停というのは話し合いの場です。日本においては、調停委員を伝書鳩にした伝言リレーでの話し合いです。しかも密室で行われます。裁判官も出てきますが、審理するわけでもありません。印象と相場だけで事が進みます。でっちあげやそこまでいかなくても誇張を述べても特にペナルティもなく。

劇中では、主人公は自分の奇行の証拠と失言により監護権を失ってしまいそうになっていましたが、証拠があのように公開の場で審理されるだけ、日本よりも何億倍も公正明大だと思います。主人公は父母が必要と主張していたので、おそらくですが、奇行の証拠さえなければ共同監護となっていたでしょうね。

子どもに関することは時間もまた重要です。即座に判断されていたところもポイントだと思います。もちろん日本ではのんびりゆっくりやっています。

3. 監護権が守られている

前述の共同養育と似ていますが、法制度・権利的な側面の話です。劇中では共同監護権をjoint custody、単独監護権をsole custodyといっていましたね。日本には前者の概念は婚姻中にのみ存在することになっていますが、現実は、あってないようなものです。custodyは親権とも訳され、公式サイト上では親権と表記されていましたが、おそらく字幕のほうの監護権というほうが、より現実に沿うものと思われます。

劇中で、妻は子を連れて引っ越すために単独監護を司法に求めました。これが意味するところ、おわかりでしょうか?

遠方に引っ越すことは相手の監護権を侵害することであり、監護権を侵害することは許されてはいない、ということなんです。おそらく実行した場合は捕まるとか、監護権を失うといったペナルティがあり、実効的な抑止力も備わっていると思われます。ここは普通の日本人の常識外のことなんじゃないかと予想します。

日本においては、婚姻中であっても片方の親が一方的に子供を連れて別居をしたり、勝手に遠方に引っ越すなど、監護権の侵害を堂々と行っても、何のペナルティもないというのが現実です。もっというと、子どもを連れて実家に帰るなど、よくある普通の事として考えているまであります。

監護権は親としての人権であり、また子どもの人権を守るためのものでもあるはずです。このように軽視されるどころか存在しないくらいの状況は、異常というほかありません。

とまあ長々と書いてしまいましたが、こうしたことは「サンダーロード」の素晴らしさとは関係ありません。ですが、もしよければこうした部分にも興味をもってもらえるとうれしいです。

映画の公式サイトはこちら。
https://thunder-road.net-broadway.com/


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