マイナンバー制度とマイナンバーカード(その1)
【※2020年5月25日にFacebookノートに投稿した内容を再掲】
新型コロナ禍における特別定額給付金(10万円一律給付金)のオンライン申請で世間の注目を浴びることになったマイナンバーカード。従来より普及率が低く,その是非(要否)についての議論があるが,この「マイナンバーカード」と「マイナンバー制度」を混同して議論されているのを時々見かける。
マイナンバーカードは,端的に言えば,マイナンバー制度の下での
顔写真付き公的身分証明書
である。どれだけの人が覚えているか分からないが,当初の普及に当たってのウリがこれだった。しかし,運転免許証やパスポート(注)があれば不要であり,国民皆保険制度の下,顔写真がない健康保険証も公的身分証明書として通用するので,かえってこの「ウリ」が結果的に普及の妨げになってしまったのは事実であろう。
(注)
2/4から受給受理が始まった「新パスポート」では,旧来あった「所
持人記入欄」の廃止により住所記入欄がなくなり,本人確認書類とし
て認めない企業やサービスが現れているとのこと。
新パスポートが「本人確認書類」に使えなくなる? 「住所記入
欄」廃止で除外サービス続出(J-CASTニュース)
https://www.j-cast.com/2020/04/06383782.html
今回,冒頭の「世間の注目」を機に,最初にゴタゴタのあった
【1】特別定額給付金オンライン申請
について少し触れ,その後,
【2】マイナンバー制度
と
【3】マイナンバーカード
に分けて,これらの概要,課題,活用について思うところを述べ,最後に,
【4】結言
を提示してみたい。
【1】特別定額給付金オンライン申請
今回の特別定額給付金のオンライン申請,実は紙申請の方が受理後の確認作業が少なく給付も速やかにできるという本末転倒の事態が報道されていた。しかし,利用された「ぴったりサービス」の仕組みからすれば当然の成り行きであることがわかる。
「ぴったりサービス」とは行政手続き(申請)システムであり,簡単に言えば,
①役所で申請書に書いて
②身分証明書で本人証明して
③窓口に提出する
代わりに
①自宅で電子フォームに入力して
②マイナンバーカードで電子証明して
③オンラインで送信する。
というものである。従って,オンライン申請でのマイナンバーカードの位置づけはあくまでも「身分証明」であり,「本人照合」により行政情報を引き出すコンビニ行政システムのような仕組みになっていないのである。事実,マイナンバーカードに登録されている4つの暗証番号:
①署名用(身分証明用)
②利用者証明(システムログイン用)
③住民基本台帳事務用(住民基本台帳参照用)
④券面事項入力補助用(券面事項参照用)
のうち,暗証番号③は利用されていないはずである。
そもそも,住民基本台帳をもとに世帯情報が既に印字されている申請書が郵送されてくるという報道を世間は見聞きしていたことから,オンライン申請でもマイナンバーカードの利用により同様に世帯情報が表示され,あとは銀行口座情報を入力すればいいだけと思っていたに違いないし,実際にそのような仕組みになっていれば速やかな給付に繋がっていたはずである。例えば,ぴったりサービスをコンビニ行政システム機能とリンクさせ,暗証番号③により世帯情報を表示できるようにしておけばよかったのである。しかし,行政側(システム設計側)はオンライン申請という「手段の提供」にだけ着目し,紙申請と同じ「情報の提供」への配慮が足りなかったため,本末転倒的な給付遅滞を招いてしまった。
なお,オンライン申請における暗証番号の複数回入力ミスによるシステムロックや暗証番号の有効期限切れによる混乱も報道されていたが,暗証番号①~④のうち,電子証明(身分証明)時に利用する暗証番号①だけが,セキュリティの観点からか,番号構成が異なり,かつ,有効期限も短い。よって,オンライン申請開始に当たって,暗証番号①に関する留意事項を事前に周知徹底していれば,このセキュリティの側面がシステム運用上でかえって悪い方向に作用しなかったはずである。すなわち,行政の広報の怠慢が今回の混乱を招いたと言っても過言ではない。
【2】マイナンバー制度
(1) 概 要
マイナンバー制度は,簡単に言えば,
国民一人一人に番号を付け,その番号の下に個人の「行政」情報を紐づ
ける
ことを目的とし,法規制上は利用範囲が
社会保障・税・災害対策の分野における行政手続
に限られている。
従来は行政手続きにおいて,
世帯情報用に住民票
所得情報用に課税証明書
を紙で取得・提出していたが,最近はマイナンバー制度の活用が漸く進み始めたおかげで,申請書類へのマイナンバー記入でこれらの提出が不要となり,私も制度の利便性を実感している。
(2) 課 題
マイナンバー制度の最大の課題はシステム設計とそのインフラ整備の一言に尽きる。特に,国民,行政双方の「利用者視点」がこれらシステム構築に反映されておらず,制度の趣旨に沿った効果的な運用や,オンラインシステムの最大の利点である即時性が活かされていないという本末転倒の事態となっている。例えば,マイナンバーに紐づく行政情報のシステム管理が,
(市区町村)-<登録申請>→(総務省)
←<情報照会>-(都道府県,他の市区町村)
の関係にあり,総務省で登録(名寄せ)が完了しない限り,地方行政間で情報を共有できない状況のようである。総務省で既に登録済みの情報についてはリアルタイムで照会・取得できるが,情報更新した場合は登録完了に1ヶ月程度かかる場合があるようで,書信で情報照会した方が早いということがあるとのこと。具体例には,国民健康保険税(保険料)の軽減判定において,別世帯の扶養家族(例えば住民票を別にする遠地学生の子)の所得(課税証明)情報は6/1ではなく翌7月以降でないとオンライン取得できないため,
初月は判定前の高い保険料の通知
翌月に判定結果を反映した保険料の再通知
という無駄な作業が現に発生している。
また,前述のオンライン申請による特別定額給付金の給付遅滞も,この利用者視点が欠如したシステム構築が原因であると言える。
(3) 活 用
(a) 給付・振替口座の紐づけ
特別定額給付金について,マイナンバーに銀行口座を紐づけていれば速やかに給付することができたのではとの話が出ているが,銀行口座情報はあくまでも「個人(私的)」情報であり「行政」情報ではない。すなわち,法規制上の利用範囲制限が支障となったのではなく,そもそも紐づけるべき対象の情報ではなかっただけである。
今回の給付遅滞を機に,自民党が議員立法としてマイナンバーと銀行口座を紐づけることを検討しているようであるが,報道で見る限り「本人の同意を得た上で」となっており,あくまでも個人情報を「提供」してもらうことで給付ルートを設定するとの意と読み取れる。
マイナンバーと銀行口座“ひもづけ制度”自民が提言(テレ朝news)
https://news.tv-asahi.co.jp/news_politics/articles/000184316.html
従って,この趣旨であれば,行政との入金(確定申告還付金,年金,助成金など)や引落(市・県民税,社会保険料など)などの振替口座を指定するのと同様に,個人が任意で都合のいい銀行口座情報を提供すればいいだけの話であり,後述の「預貯金資産の捕捉」のよう心配は無用と考える。また,この紐づけ制度を取り入れるのであれば,利用目的の用済後に廃棄することになっている振替口座も用途別に紐づけて管理するか,あるいは,これを機に全ての入出金を扱う振替代表口座一つだけを紐づけし,行政-個人間の入出金管理の簡便性を図ることが望ましいかも知れない。
(b) 預貯金資産の捕捉
所得や固定資産は,その課税額を行政が管理しているため,マイナンバーを通じて捕捉できるが,銀行の預貯金資産についてはその利息が源泉分離課税であり捕捉できない。現在,行政手続きにおいて所得条件だけでなく資産条件を課す場合,預貯金資産は銀行口座通帳等の写しの提出(生活保護,介護保険負担限度額認定など)や自己申告のみ(高等教育修学支援など)といった「性善説」に基づいた確認となっており,公平性の観点からもマイナンバーに銀行口座を紐づけて預貯金資産を捕捉すべきとの話が聞こえてきている。
しかし,以下のような問題がある。
・新規については口座開設時に申告義務を課せても,既に開設済みの口座
については,網羅性の視点から銀行側の主体的な協力作業がなければ不
可能
・銀行に協力要請するのであれば,その多大な作業費用は,利のない銀行
ではなく国の負担が必須であり,原資が税金なので国民の理解を得るこ
とが必須
・そもそも銀行に預けていないタンス預金は捕捉不可能(現行でも自己申
告)
したがって,「預貯金資産の捕捉」を目的としたマイナンバー制度活用は現実的でなく,実施しても中途半端になるだけである。しかしながら,上記(a)で述べた「給付・振替口座の紐づけ」や,次に述べる「銀行口座の管理」を目的として活用するのであれば,可能な限りにおいて預貯金資産の捕捉への「チャンネル」を確保することができるかも知れない。
(c) 銀行口座の管理
上述の「預貯金資産の捕捉」ではなく「銀行口座の管理」を目的に銀行口座の「登録情報」(氏名,住所,電話番号,銀行名・支店・種別・口座番号など)をマイナンバーに紐づけるのであれば,以下の制約を付加する条件において,個人にとっても行政にとっても利があるかも知れない。
①紐づける銀行口座の申告は原則全てとするが,個人の利に照らしあく
までも任意
②行政から銀行への預貯金資産の照会・確認は事前に本人(死亡時は遺
族)の同意が必要
③銀行口座登録情報(預貯金残高は含まない)は行政と銀行で共有でき
るシステムを構築
まず,個人にとっての利について述べる。
最近の銀行の事情を見るに,経費削減やネットインフラの充実から,
・有人銀行よりネット銀行
・紙通帳からネット通帳
・現金よりキャッシュレス
への移行が進んで利便性が高まっている一方で,通帳のような「モノ」で預貯金残高を含めた口座情報を直接視認できない状況にもなっている。したがって,不測にも被災したり,大病や急死した場合,口座情報を把握することが困難な本人や遺族が今後増えてくる可能性が高い。しかし,銀行口座の登録情報をマイナンバーに紐づけておけば,このような事態になっても本人や遺族が役所窓口で確認することができる利がある。すなわち,銀行口座の登録情報のバックアップに,マイナンバー情報データベースを活用しようではないかということである。また,死亡届提出によりマイナンバーに紐づいた銀行口座の凍結ができれば,生前の毎月の自動引落を回避(停止)することができる他,状況によっては親族の勝手な口座解約や現金引出も回避できる。すなわち,遺族による銀行口座の凍結手続きも抜けがないようにしようではないかということである。
なお,行政が勝手に預貯金資産を捕捉できないという制約条件②の下であれば,制約条件①で任意としたものの,このような個人の利からは全て紐づけておいた方がいいと個人的には思う。
次に行政にとっての利について述べる。
資産条件を課す行政手続きにおいて,上記制約条件②に記載の通り本人の同意の下で預貯金残高を照会・確認できるようにしておけば,申請者に預貯金資産の証明提出をお願いすることなく,マイナンバー制度の活用で業務の簡素化ができる利がある。これは申請者にとっても手続きの簡素化の点で利となり,銀行口座の紐づけを個人の利を第一の目的とすることにも適う。また,死亡届提出時にマイナンバーに紐づいた銀行口座の凍結を図り,その時点での預貯金残高を銀行側で管理させておけば,必要に応じて相続税申告内容の確認に当たって,遺族の同意の下で,照合し参考とできるかも知れない。
(d) 公的身分証明の一元管理
世の中には公的身分証明書が複数あるが,行政縦割りの垣根を越えて,これら複数をマイナンバーで紐づけると身分証明の一元管理の点で利便性があると思う。要は,運転免許証,パスポート,健康保険証,身体障害者手帳,年金手帳など,全ての公的身分証明書の登録番号をマイナンバーに紐づければ,これらの公的個人情報を一元管理できる他,氏名・住所などの行政情報に変更があっても共有することが可能となる。また,マイナンバーカードがなくても,他の公的身分証明書で行政情報を間接的に確認することが可能となる。
なお,行政がセキュリティの点でマイナンバーの厳格管理を求めているからなのか,国の紐づけ管理下に置かれたくないからなのか,世間的には,身分証明に際してなぜかマイナンバーカードを好まない傾向があり,他の公的身分証明書であれば抵抗なく日常的に使用する現実がある。例えば,銀行口座開設やクレジットカード入会(作製)でも運転免許証の写しをごく普通に提出している。そこで,上述の「預貯金資産の捕捉」や「銀行口座の管理」などの目的で,行政側が,濫用なく正当な必要性に応じて,マイナンバーに紐づけた他の公的身分証明書番号で銀行やクレジットカードの企業に照会をかければ,銀行口座情報やクレジットカード信用情報の捕捉ができることになるかも知れないし,極端な話,口座凍結やカード利用停止の行政執行も可能かも知れない。但し,個人から提示あった公的身分証明書番号を企業側でシステム入力・管理してもらう必要があるほか,紐づけや照会権限にあたっての法整備,行政と企業間のシステム構築もしなければならないのは言うまでもない。
【3】マイナンバーカード
(1) 概 要
冒頭にも記載したが,マイナンバーカードは顔写真付きの公的身分証明書であって,カードそのものに全ての公的個人情報が記録されている訳でもないし,暗証番号がわからなければ,コンビニ行政システムもオンライン申請も利用できない。逆に言えば,カードと暗証番号があれば,行政機関(役所,税務署など)に行かなくても,
・コンビニ行政システムで
・代表的な行政書類(住民票,課税証明書,印鑑証明書など)を
・役所窓口より安い手数料で都合のいい時に取得できる
し,さらにカードリーダがあれば
・自宅で
・確定申告や行政手続きを
・ペーパーレスでオンライン申請できる
のである。
ちなみに,カードに記載のマイナンバー(個人番号)について,他人に知られないように十分に気を付けるようにとの注意喚起があり,カード収納袋も番号をマスキングするようになっているが,この番号「だけ」が仮に漏えいしたところでどのような悪用・実被害が起きるのか,実は個人的にはよく理解できていない。むしろ,普段持ち歩くクレジットカードや銀行キャッシュカードの番号の漏えいの方が被害にあう潜在性が高いと思う。また,運転免許証についても,身分証明としてマイナンバーカードよりも「余計な」個人情報(免許種別,優良(ゴールド)該否,取得年月日,初回取得都道府県(免許証番号の中央4桁より)など)が記載されているにもかかわらず,世間は平気で写しを提出するのが日常であり,ある意味不思議な所ではある。
(2) 課 題
マイナンバーカードは普及率が低いことが問題視されているが,それは,端的に言えば,現状の日常生活において持っていなくても「困らない」ことの表れであり,実は,この困らないという現状が普及推進において一番の「困った」課題なのかも知れない。例えば,オンライン申請やコンビニ行政システムの利用に利便性はあるが,その必要頻度は年間を通じて僅かであろうから,日常の必需品の位置を占めるにはほど遠い。また,マイナンバーカードを国民健康保険証として利用できる計画が進んでいるが,現行の保険証との併用運用であれば持っていなくても困らない。
そもそも住民基本台帳カード(住基カード)の普及に大失敗したのに,これに代えてマイナンバーカードを作製し,顔写真付き身分証明書に付加された「利便性」の理解が進めば普及すると考えたことが間違いなのである。その間違いに対する挽回策としてなのか,カード普及率向上(ノルマ達成)に特化したマイナポイント事業が7月から来年3月まで実施される予定である。( https://mynumbercard.point.soumu.go.jp/ )しかし,これは,
・本来の趣旨である行政手続きの利便性とは無関係
・国民の損得心情を利用(悪用)
・ポイント原資である税の再配分がカードの有無で不公平
など問題があり,税金を投入してまで実施されるべき施策ではないと考える。
今後は,普及率向上(ノルマ達成)だけに特化した活動は取り止め,行政手続きの利便性に限った広報活動に徹することで経費抑制を図るべきで,このために,国民にとって更なる行政手続き上の利便性について数多く創出し,これに相応する「利用者視点」でのシステムを構築することが肝要である。カード普及率は結果として向上すればいい程度に思っておくべきであり,「住基カードの誤謬」に続く「マイナンバーカードの誤謬」にしないためにも,普及推進のためだけの税投入は止めるべきである。
(3) 活 用
(a) 行政手続き用としての義務化
これは極論的な提言になるが,オンライン申請のように,役所窓口での行政手続きでもマイナンバーカードでの本人証明を必須とすれば,国民全員が所持せざるを得ず,結果,普及率100%を達成できる。そもそも,役所窓口での住民票の取得にあたっては,代理取得も含めて,申請書に署名・捺印するだけで,身分証明書による本人あるいは親族確認は必要とされてなかった記憶があるが,そうであれば,セキュリティの観点からこの活用(義務化)は望ましいと考える。
(b) 行政キャッシュカード化
コンビニ設置のATM機に「コンビニ『金融』システム」なるものを組み入れ,マイナンバーカードに行政上のキャッシュカード機能を付加して,
入金:納税,社会保険料納付など
出金:確定申告還付金,年金,助成金など
を可能とすれば,コンビニ設置の複合機に組み入れたコンビニ行政システムで行政情報が取得できるのと同様の利便性があると考える。なお,マイナンバー制度の活用で提言した「給付・振替口座の紐づけ」と互いに補完的に併用することでも問題ない。
(c) スマホ活用のカードレス化
最近はクレジットカードやポイントカードもスマホ利用のキャッシュレス化(バーコード,QRコード)が進んでおり,マイナンバーカードもカードレス化,即ちバーコードやQRコードによる電子カードを併用すれば,その簡便性から普及が進むかもしれない。
確かに,マイナンバーカードは個人の行政情報にリンクしており,故に高いセキュリティ性が求められるのは理解できないでもないが,「(1) 概 要」でも記載したが,マイナンバーだけが漏えいしたことによる具体的な悪用例や実被害例が個人的には今一つわかっていない。今回,特別定額給付金のオンライン申請に関連して,マイナンバーカードの暗証番号忘れや期限切れの場合は役所でしか対応できない状況にあることが報道で知れ渡り,セキュリティ上の理由とはいえ,オンライン利用のカードの暗証番号管理をオンラインで対処できないという,ある意味お粗末な状況が暴露されたこととなった。これを機に,クレジットカードでは一般的になってきた2段階認証も組み入れた暗証番号のオンライン管理を検討し,合わせてカードレス化まで踏み込んだ検討もあっていいと思う。
【4】結 言
①マイナンバー制度は,国民との個人情報との紐づけ以前に,行政情報の
紐づけを徹底すべき。行政情報の紐づけ網羅性なくして,個人情報との
紐づけに利便性なし。
②マイナンバーカードは,国民への普及以前に,利便性を活かすためのシ
ステムインフラを整備すべき。システムインフラなくして,カード利用
の利便性なし。