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赤福の功罪

攻撃的な?タイトルから始まったが横浜育ちの私がなぜに赤福?とおもうなかれ。

私は名古屋の八事にある日赤で産まれた(ローカルすぎてすまん)。 そこにはおそらく1年ほどしか住んでいなかったと思われ、横浜に越してきた。

がしかし、祖母といとこが暮らしていたので毎夏名古屋に行っていた。帰るときに新幹線のホームで赤福を買って帰るのが習わしだったのだ。したがって私の赤福との付き合いは四十数年、長いのだ。

この赤福の触感と言ったら餅と言い、こしあんといい唯一無比である。蚊に刺されたときに塗るムヒではない。 何しろ生ものなので早く食べないと固くなる。昔はレンジでチンなどとなかったので早くやっつけなればならない。でももったいない。そういう葛藤との戦いだったのだ。

8年前、伊勢神宮に行ったときにそばにある本店で出来立ての赤福を食べた。いつも通りの体制で赤福に向き合ったのだがとんでもない誤算だった。(何も計算していないけど)

出来立てのそいつは何だか知らないけど今まで食べてきた赤福とは明らかに違う、チガウ触感だったのだ。表現の仕方がワカラナイのだがとにかく出来立ての味はこうなのだ!とそいつは主張してきた。

今までうまいおいしいと思っていたそいつはちと時間がたった出来立てとは違う味だったのだ。40数年挑んできたそいつのあらたな発見に驚くしかなかった。その時の写真がこれ ↓ 。

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先日も西日本に足を延ばしたので当然お買い求めたのであるがそろそろ伊勢に行かねばならない。トップ画像がへなちょこなので全体像をここで公開しておく。

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