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REVIVE  第十七章

第十七章 地元の「おもしろい話」を集める


前回までのお話

不安の声

拓真は、古民家を改装したカフェのカウンターに腰を下ろし、ぼんやりと外を眺めていた。亀岡市の古い街並みが、忙しい日常の中でふと心に余裕を与えてくれる場所だった。観光客も時々訪れるこのカフェだが、今日は特に静かな一日で、穏やかな空気が漂っていた。
 
スマホがポケットの中で振動し、着信を知らせる。画面に映る「由香」の名前を見て、一瞬ためらったが、結局タップして通話をつないだ。最近の二人の会話はぎくしゃくしていたが、今は少し話したい気分だった。
「もしもし、拓真?今、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
 
彼女の声には、わずかな緊張が含まれていた。彼女の抱えている不安が、会話の冒頭から漂っていたのを拓真は感じ取った。
「最近、なんか冷たいよね。電話も少なくなったし、忙しいのはわかってるけど、ちょっと寂しいな……」
 
拓真は、心にわずかな罪悪感を覚えた。
「ごめん、仕事が立て込んでてさ。でも、何かあったらいつでも連絡してよ。」
 
そう言いながらも、次に彼女が口にした言葉は、予想していなかったものだった。
「……浮気してるでしょ。」
 
その一言が鋭く胸に刺さり、拓真は思わず息を飲んだ。由香の声には怒りと不安が入り混じり、心からの疑念が滲み出ていた。
「そんなことないよ!どうしてそんなこと言うんだ?」
 
焦りながら否定するが、彼女の不信感は簡単には消えなかった。
「だって、あなた最近本当に変だよ。前はもっと気にかけてくれてたのに、今は何か隠してる気がして……」
 
彼女の問いかけには、ただの確認を超えた感情が含まれていた。拓真は深く息を吸い、できる限り誠実に答えた。
「本当にそんなことないよ。僕にとって由香だけだし、ただ仕事が大変だったんだ。信じてくれ。」
 
由香は少し黙り込み、その静寂がさらに重苦しい雰囲気を醸し出した。やがて、彼女は小さな声で問いかけた。
「……本当に私のこと、ちゃんと大切に思ってる?」
 
その瞬間、カフェのドアが音を立てて開いた。拓真が振り返ると、そこには鶴見さんの姿があった。彼の後ろには、観光客のグループが楽しそうに集まり、笑い声が漏れていた。
「いやあ、この街にはね、まだまだ面白い話がたくさんあるんですよ!」

伝える技術の本質 

鶴見さんは明るく声を張り上げ、カフェに活気をもたらした。観光客たちが彼の話に引き込まれ、店内は笑い声と驚きの声で満たされた。拓真は電話を耳に当てたまま、ただその光景を眺めていた。
 
「拓真、聞こえてる?」
由香の声に我に返り、彼はあわてて返事をした。
「あ、うん、ちょっと観光客が来てて……ごめん、また後でちゃんと話そう?」
「そうだね。ちゃんと話す時間を作ってね。」
「うん、約束する。またね。」
 
電話を切ると、拓真は深く息をついた。会話はぎこちなかったが、ひとまず乗り切れた気がした。
 
カフェを出ていく観光客を見送りながら、鶴見さんが拓真の方を振り返り、にっこりと笑った。
「どうだい、お前さん、今日は参考になったか?」
 
その問いに、拓真は少し戸惑いながらも頷いた。
「どうして僕が悩んでるってわかったんですか?」
 
鶴見さんはカウンター席に座り、穏やかな声で答えた。
「そりゃあ、お前さんの顔を見ればわかるさ。何かを伝えたいとき、大事なのは、相手に『知りたい』と思わせることさ。」鶴見さんは、穏やかな口調で話し始めた。「伝えたいことを全部話してしまうのは、料理で言えば、最初にフルコースを一気にテーブルに並べるようなもんだ。人間の心は、満腹になってしまうと、それ以上は受け取れない。大切なのは、一口ずつ、相手が次も食べたくなるように出していくことだ。」

興味を引き出す伝え方

鶴見さんは続けた。「たとえば、映画の予告編を思い出してみな。予告編では、映画の一番おいしい部分をほんの少しだけ見せるだろう?『この先、どうなるんだろう?』って思わせて、本編が気になって仕方なくなる。それで、観客は映画館に足を運ぶんだ。全部を見せてしまったら、もう見る楽しみがなくなってしまう。それと同じように、相手が自分から『もっと知りたい』と思える余白を残すことが大事なんだよ。」
 
鶴見さんは笑いながらさらに続けた。「亀岡の魅力を伝えるときもそうだ。何でもかんでも詰め込んで一気に話そうとすると、かえって相手は疲れてしまう。それよりも、『この街にはまだ知らないことがあるな』って思わせることだ。少しだけ面白い部分を見せて、あとは相手自身がその続きを知りたくなるように仕向ける。それが、人の心を引きつける伝え方さ。」
 
拓真はその話に、深く納得した。自分がこれまで地域の魅力を伝える際、相手に一気にすべてを話してしまい、かえって伝わりにくくしていたことを思い出した。「伝える」というのは情報の押しつけではなく、相手が興味を持ち、発見する楽しみを引き出すことが重要だと、初めて心から理解したのだ。
 
「つまりさ、お前さんの仕事も、地元の良さをただ説明するだけじゃなく、相手がその魅力を自分で見つけたくなるように仕向ければいいってことだ。」鶴見さんはにっこり笑った。「人間は、自分で発見したことに価値を感じるからな。押しつけるより、引き出すことを考えたほうがうまくいくんだよ。」

 新たな気づきと決意

その言葉に、拓真は深く頷いた。亀岡の魅力も、自分が語るのではなく、相手が見つけるプロセスを楽しんでもらうことが重要なのだ。伝える技術だけではなく、相手の心の中に「もっと知りたい」という感情を芽生えさせること。それが今後の大きな課題になると感じた。
 
「ありがとう、鶴見さん。これからは、もっと相手に興味を持ってもらえるように工夫してみます。」
「それでいい。」鶴見さんは満足そうに頷き、拓真の肩を軽く叩いた。「お前さんなら、きっと面白い話をたくさん見つけて伝えられるさ。」
 
拓真はその言葉を胸に刻み、由香との関係も、地域プロジェクトも、一歩ずつ前に進める決意を固めた。



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