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REVIVE  第一章

第一章 地元の宝物を見つける


 
 東京での華やかな生活から一転、静かで穏やかな日々が続く中、川村拓真の心には次第に焦りが生まれていた。帰郷直後は、懐かしい風景に癒され、地元の温かさに包まれていたが、その感覚も徐々に薄れてきていた。
 
 静かな食卓の中、数日前に駅で出会った老人のことがふと頭をよぎる。
 
「そういえば、この前駅で『鶴見さん』っていうおじいさんに会ったんだけど、誰か知ってる?」
 
 母親は一瞬考え込んだ後、軽く眉をひそめた。何かを思い出そうとするかのように、視線を遠くに向けたが、やがて首をかしげ、困惑した表情で答えた。「鶴見さん?そんな名前、聞いたことないわね。」と、少し戸惑いながらもはっきりとした口調で言った。
 
 父親も何か思い出そうとするように眉をひそめたが、やがて静かに首を振った。「いや、鶴見という名前はちょっと心当たりがないな。近所にそんな人が住んでいた記憶もないし…。」
 
 両親が知らないという事実に、拓真は少し驚きを覚えた。あれほど親しげに話しかけてきた鶴見さんが、この街の人ではないのかもしれないという疑念がわいたが、それ以上深く考えることなく、再び食事に集中した。
 
 朝食を終えた後、拓真は気分転換に外へ出た。家から亀岡駅までは徒歩10分ほど。駅に向かう道は、亀山城跡の横を通り抜ける。この道を歩くと、歴史の名残を感じさせる石垣が静かに佇み、その先にはサンガスタジアムの巨大な姿が目に飛び込んでくる。古い城跡と新しいスタジアムが共存する風景に、拓真はどこか不思議な感覚を覚えながら歩を進めた。
 
 南口のロータリーから階段をあがり、かめきたサンガ広場を通り抜け、スターバックスへと足を向けた。スーツ姿で京都市内へ向かう人々が駅に向かって足早に歩いているのを横目に、ホットのドリップコーヒーをグランデサイズで注文した。カップを手に店を出ると、朝の空気が頬を撫でる中、コーヒーの温かさが心地よく感じられた。
 
 拓真はコーヒーを片手に、サンガスタジアムを一周してみた。スタジアム内には「KIRInoKO(霧のこ)」や「足湯」「びばっこ保育園」、フードコート「Football Diner」などがあり、散策する人々の姿も見かけた。今日は特にイベントがないせいか、施設内は静かで平穏な時間が流れていた。
 
 スタジアムを一周し終えた後、拓真は保津川の方へと歩き出した。朝の日差しが川面に反射して輝く様子が美しかった。
 
「何やってんだろう、おれ…」
 
 その言葉は、静かに流れる川の音に消され、彼自身の耳に届いた。目の前の美しい風景とは裏腹に、心の中にはまだ答えの出ない迷いが残っている。しかし、次の一歩を踏み出す必要があると感じ、帰路についた。
 
 数日後、拓真は少しずつ新しい生活の準備を進めていた。これまで家族と共に過ごしていたが、一人暮らしを始めようと駅前にある不動産屋「エリッツ」に足を運んだ。家族と同居も考えたが、故郷で自分自身と向き合うために一人の時間が必要だと感じたのだ。
 
 エリッツのスタッフに案内され、数件の物件を見て回った。最終的に選んだのは、駅前にある1Kのマンションだった。駅から徒歩数分の距離で生活の利便性も高く、新しい生活をスタートさせるにはちょうど良い場所だった。
 
 契約を済ませ、荷物を運び込んだ後、拓真は新しい住まいの近くを散策することにした。慣れ親しんだ街並みも、少し距離を置いて見ると新鮮に感じられる。道路を歩いていると、「珈琲工房YAMAMOTO」という看板が目に入った。自家焙煎珈琲の文字と漂ってくる芳ばしいコーヒーの香りに引き寄せられ、店内へ足を踏み入れた。
 
 ほのかに漂うコーヒーの香りが心を落ち着けてくれる。カウンターに座りメニューを眺めていると、突然背後から声がかかった。
 
「おや、また会ったな。」
 
 振り返ると、そこには数日前に駅で出会った鶴見さんが、にこやかに微笑んで立っていた。
 
 鶴見さんは、拓真の表情を一目見るなり、その心の内を察したようだった。「なんだか難しい顔をしてるな。悩んでることでもあるのか?」
 
 拓真は正直に心情を打ち明けた。都会での経験があるからこそ何かできると思っていたが、現実はそう甘くないことに気づき、道に迷っていると。鶴見さんはしばらく黙って話を聞いていたが、静かに口を開いた。
 
「お前さん、この街で何かを成し遂げたいなら、まずはこの街の『宝物』を探すんだ。ただし、その宝物ってのは、金銀財宝みたいな派手なもんじゃない。人が普段気にも留めないようなものの中に、実は本当に大切なものが隠されていることが多いんだ。」
 
 拓真はその言葉を聞いて困惑した表情を浮かべた。「宝物」と聞いて思い浮かぶのは、やはり金や銀のような物質的なものだったからだ。そんな彼の様子を見て、鶴見さんは笑いながら説明を続けた。
 
「お前さん、『星の王子さま』って本を知ってるかい?その中でこういう言葉があるんだ。『心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ』ってな。この街にある『宝物』も同じさ。目に見えるものだけにとらわれたら、本当に大切なものは見逃してしまう。物質的な価値を持つものは一時的に人を引きつけるかもしれないが、時間が経てば色褪せてしまうものだ。」
 
 拓真は鶴見さんの言葉をじっと聞いていた。まだ完全に理解できたわけではないが、何か心に響くものがあった。
 
 鶴見さんはさらに続けた。「だが、人の心やその街に刻まれた歴史、文化、そしてそこで生きる人々の絆や思い出――これこそが、真の宝物だ。だからな、拓真。お前さんが何かを成し遂げたいなら、まずはその宝物を探し出すことだ。それは派手なものではないかもしれないし、今のお前さんにはピンとこないかもしれない。でも、少しずつこの街を見て回り、人々と触れ合ううちに、きっと何か見えてくるはずだ。」
 
 拓真は心の中で迷いを感じていたが、鶴見さんの言葉がじわじわと心に染み込んでいくのを感じた。そして、ポケットからメモ帳を取り出し、鶴見さんの言葉をしっかりと書き留めた。「宝物」が何を指すのかはまだ分からなかったが、それが自分の進むべき道を見つけるための鍵になるかもしれないと直感した。


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