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REVIVE  第三章

第三章 一日一回は地元の食材を食べる
  
大学生活を東京で過ごしていた頃、拓真はほとんど野菜を食べなくなっていた。東京では忙しい毎日を送り、コンビニやファストフードで済ませる食事が増えていく中、次第に野菜を口にする機会が減っていった。特に、子供の頃から苦手だった万願寺とうがらしは、ずっと避け続けていた野菜の一つだ。独特の苦味としんなりした食感がどうにも馴染めず、見るだけでも嫌だった。

そんな拓真が亀岡市に戻り、鶴見さんに誘われて参加したバーベキューは、彼にとって大きな転機となる日だった。いつものように肉を楽しむつもりで行ったバーベキューだったが、鶴見さんは「今日は地元の野菜が主役だぞ」と言って、次々に地元産の新鮮な野菜を網の上に乗せていった。焚き火のそばで野菜がじっくりと焼かれる様子を見ながら、拓真は少し不安を感じていた。野菜の味に期待を持てなかったからだ。

「まずはこれを食べてみろ」と鶴見さんが差し出したのは、賀茂なすだった。黒紫色の艶やかな表面がこんがりと焼けていて、ほのかな香ばしい匂いが漂っていた。おそるおそる手に取って口に運ぶと、驚くほどジューシーで甘みが広がった。賀茂なすの豊かな味わいに、拓真は目を見開いた。今まで食べたことのあるナスとはまるで違い、濃厚な旨みが口の中に広がり、これが本物の野菜の味かと驚かされた。

次に鶴見さんが差し出したのは、伏見とうがらしだ。「これもなかなか美味いぞ」と言いながら、笑顔で勧めてきた。伏見とうがらしは万願寺とうがらしよりも小ぶりで、薄い緑色が特徴だ。苦手意識は少なかったが、あまり期待していなかった拓真。しかし、口に入れた瞬間、そのさっぱりとした甘みと軽やかな苦味が心地よく広がり、火が通ることで一層引き立った旨みに驚かされた。

その後、京たけのこが焼かれ、次々に差し出される。「たけのこは煮物でしか食べたことがなかったな」と思いながら、焼きたてのたけのこを一口かじると、外は香ばしく中はシャキシャキとした歯ごたえがあり、自然な甘みが引き立っていた。焼くことで素材本来の味が際立ち、調味料が必要ないほどの味わいに、またしても驚きを隠せなかった。

そして、ついに苦手だった万願寺とうがらしが目の前に置かれた。「お前さん、これも食べてみろ」と、鶴見さんがニヤリと笑いながら手渡してきた。拓真は少し躊躇しながらも、今までの野菜がどれも驚くほど美味しかったことを思い出し、勇気を出して一口かじった。すると、これまで感じていた苦味はどこかに消え、柔らかい甘みとほのかな辛味が絶妙に調和していた。「これが…あの万願寺とうがらしか?」と驚きが口からこぼれた。

「どうだ、地元の野菜は悪くないだろう?」と鶴見さんが誇らしげに問いかけた。拓真は頷き、続けてもう一口食べた。「確かに…全然違いますね。これ、取れたてなんですか?」

「そうだよ。取れたての野菜は、大地と気候からエネルギーをたっぷり受け取っているんだ。それがこの味の濃さだ。無理に育てたものじゃなく、この土地に根ざして育ったからこそ、こうして何重にも旨みがあるんだよ。」鶴見さんの言葉には、深い知識と地元の誇りが込められていた。

「これからは、一日一回、地元の食材を食べるんだ」と、鶴見さんは続けた。「野菜だけじゃない。この土地で取れる魚や肉、そして地元の加工品もある。それらを味わうことで、お前さんもこの街ともっと深く繋がっていけるはずだ。」

その言葉を胸に、拓真は次の日から一日一回、地元の食材を探し、それを食べることを始めた。最初は野菜が中心だったが、次第に地元の魚や肉、特産の加工品にも興味を持ち始めた。ある日、スーパーで見つけたのは「紫ずきん」と呼ばれる地元の枝豆だった。普段はあまり枝豆に興味がなかったが、せっかくだからと試してみることにした。茹でた紫ずきんは、普通の枝豆よりも一回り大きく、濃い紫色をしていた。一口食べると、その甘さとコクの深さに驚かされた。「枝豆もこんなに違うのか…」と、拓真は感心しながら味わった。

地元の食材がこれほどまでに美味しいとは、東京では想像もできなかった。すべての食材が、その土地ならではの風味を持ち、自然の恵みを余すところなく表現している。毎日食べる地元の食材を通じて、拓真は次第にこの街と深く繋がっていることを実感し始めた。地元の野菜が持つエネルギーを身体全体で感じながら、拓真の新しい日常が動き出したのだった。

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