REVIVE 第十六章
第十六章 一日一回は「余白」を持つ
前回までのお話
失われた余裕
拓真の毎日は嵐のように過ぎ去っていった。地域プロジェクトの準備、資金調達、地元との交渉に追われ、次々と舞い込むタスクをこなすだけで一日が終わる。時計と睨み合いながら、無駄を削り、効率を上げることに全ての力を注いでいた。彼の頭の中では、「無駄なこと」は排除すべき敵でしかなかった。
もともと好きだったマンガや、何気なくテレビを眺める時間は、いつしか「無駄」と切り捨てるようになった。次第に日常からそうした些細な楽しみは消え、彼の生活から「余白」が失われていった。余白のない生活の中で、心は締め付けられ、次第に疲労が蓄積していった。しかし、拓真はそのことに気づかないふりをしていた。効率を追求することが、自分の成長の証だと思い込んでいたからだ。
疲労の蓄積は心の余裕を奪い、些細なことにも苛立ちを覚えるようになっていた。以前は楽しんでいた友人との会話もどこか味気なく、プロジェクトの進捗だけが頭を占める毎日。そんな自分に気づくたび、彼は心の中に焦燥感を覚えた。それでも立ち止まるわけにはいかない――そう思い続け、必死で前に進むしかないと考えていた。
こころのよはく
ある日の夕方、拓真は偶然、鶴見さんと道端で再会した。
「お前さん、顔色が良くないな。何かあったのか?」
鶴見さんは優しいまなざしで彼を見つめた。
拓真はふと、胸の内にあった不安を吐き出してしまった。
「正直、毎日が忙しすぎて……何もかも手一杯で、『無駄』にできる時間なんてなくて。でも、最近は何をしても心が重くて……」
鶴見さんはしばらく黙っていたが、静かに口を開いた。
「お前さん、『無駄』に見えることが、実は人生の『余白』なんだよ。」
「余白……?」
「そうだ。何もしない時間、一見何の意味もなさないように見える瞬間。散歩をしたり、何気なく本を読んだり、テレビをぼんやり眺めることもそうだ。そういう時間が心を整えてくれるんだ。余白のない暮らしは、まるで音符が詰まりすぎた音楽のようで、どこか窮屈で響かない。」
拓真はその言葉にハッとした。彼は、いつからか全てを「有益か無駄か」という二つの尺度で計り、効率の良し悪しだけで判断するようになっていたことに気づいた。そして、その結果、心の余裕や創造力がどれほど損なわれていたのかをようやく理解した。
余白が生む本物の価値
「大切さってのは、数字では測れないこともあるんだよ。」鶴見さんは柔らかな笑みを浮かべて続けた。「たとえば、陶芸家が一つの茶碗を作るとき、形を整えるだけじゃない。余白――意図的に作られた空間や、ゆるやかな歪みがあることで、その茶碗にしかない『美』が生まれるんだ。」
拓真はその話を聞きながら、子どもの頃に見た夕焼けや、風に揺れる木の葉の音色を思い出した。それは計画的に作り出すことができない、美しい「余白」の瞬間だった。美は「無駄」と思われる要素が織りなすからこそ価値を持つのだ――そのことに彼は気づいた。
「費用対効果や時間対効果だけで測れるものが、本当に大切なことばかりじゃないんですね……」拓真は静かに呟いた。
そこで見える景色
その日から、拓真は意識して「余白」を生活に取り入れることにした。最初はぎこちなかった。スマホの通知が気になり、やらなければならないことのリストが頭の片隅にちらついた。しかし、少しずつ心を解き放ち、何も考えずに過ごす時間を受け入れていった。
散歩の途中で見上げた空には、何層もの雲がゆっくりと流れていた。以前なら足を止めることすらなかったが、その瞬間、拓真は自分が世界の一部であることを感じた。マンガを久しぶりに開くと、その単純な喜びが心に広がった。そして、何気なく観たテレビ番組が、新しいプロジェクトのアイデアを生むきっかけになることもあった。
余白が生まれると、心の中に不思議な風が吹き抜け、物事に対する視野が広がっていった。何も詰め込みすぎないからこそ、そこに新しい発想が舞い降りる。無理に何かを生み出そうとせず、自然の流れの中で生まれる瞬間の価値を、拓真は少しずつ理解していった。
「余白があるからこそ、本物が生まれるんだな……」
ある日、彼は地元の小さな祭りに参加した。参加者たちは忙しい準備の合間にも笑顔を絶やさず、肩の力を抜いて楽しんでいた。その光景を見た瞬間、拓真は思った。
「この余白こそが、地域を豊かにする力なのかもしれない……」
数字や効率では測れない「本物の価値」は、人と人との間にある余白から生まれる。それは人々の間に安心感を生み、共感を育む力を持っているのだ。
これからも、自分の生活の中に意識して余白を取り入れながら、拓真は新しい道を歩む決心をした。無駄に見えることを楽しみ、心に余白を持つ。それが本当に大切なことに気づくための鍵だ。
「余白の美を大切にしよう」
そう心に誓い、拓真は静かに歩き出した。鶴見さんの言葉が、彼の心に深く根付き、彼の人生を支える大切な道しるべとなっていくのだった。