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REVIVE  プロローグ

プロローグ

 東京の喧騒を背に、7時54分発のぞみ303号新大阪行は静かに動き出した。拓真は自由席に腰を落ち着け、品川駅を過ぎる頃には、窓の外に広がるビル群の影が次第に遠ざかっていく。それとともに、彼の胸にあった焦燥感も少しずつ溶けていくのを感じた。

 長く都会の中で走り続けてきた日々から、一歩退く決断をしたものの、その現実はまだ実感として湧いてこない。何かを手放す怖さと、新たな旅立ちへの期待が交錯する中、静かに動き出した新幹線のリズムが、彼の新たな旅立ちを穏やかに後押ししているように感じられた。

 大学卒業後、東京で始まったキャリアは、確かに華やかでやりがいがあった。新宿の高層ビルにオフィスを構えた大手旅行代理店での仕事は、世界各地を駆け巡る刺激的なもので、異文化との触れ合いも楽しかった。観光業界の華やかさとスピード感に飲み込まれ、毎日が新しい冒険だった。しかし、その裏には、彼の心の奥底に残る空虚感が徐々に広がりつつあった。

 仕事に追われる日々の中で、拓真は自分自身と向き合う時間を失っていた。常に何かに追われ、未来への不安や焦りがつきまとっていた。その感覚は、彼の29歳の誕生日を迎えたときにピークに達した。人生の節目を迎えた彼は、このままで良いのかという疑問に答えを出さなければならないと感じた。

 「何かが足りない」という思いは、次第に彼の心を蝕んでいった。日々の忙しさの中で忘れかけていた「何か」をもう一度取り戻したいという願いが、徐々に強まっていった。その思いが、彼を故郷である亀岡市に帰る決意へと導いたのである。亀岡であれば、自分を見つめ直し、再び前に進むための糸口が見つかるかもしれないと考えた。

 車窓から見える景色が次第に変わり始め、富士山の姿が現れる。その壮大な光景に、拓真は一瞬息を呑んだ。東京の喧騒から離れ、自然の雄大さに触れることで、彼の心は少しずつ解きほぐされていった。その後、新幹線は名古屋を過ぎ、徐々に京都駅へと近づいていく。見慣れた風景が広がり始め、拓真は思わず「懐かしいな…」と呟いた。子供の頃に遊んだ亀岡の自然や、人々の温かさが次々と記憶の中から甦ってきた。

 新幹線を降り、中央乗換口を抜けて西ご線橋を渡る。京都駅の賑わいを感じながら、山陰線の33番ホームへと向かう途中、30番ホームに目をやると、ハローキティが描かれた関空特急はるか19号が見えた。鮮やかな白を基調に、カラフルな模様とともにキャラクターが描かれており、その可愛らしさに、思わず微笑んでしまう。彼は自然と、この列車に乗る人々の行き先を想像し始めた。

「この人たちは関西空港から旅行に行くのだろうか?」彼は自然と、旅行者の荷物や様子から、どこへ行くのか、どのくらいの期間かを推測し始めた。それは、かつて自分が手配していた旅行者たちの顔を思い出させ、少し懐かしい気持ちになった。長い年月が経った今でも、旅の計画を想像することは彼にとって一種の楽しみであり、職業病のようなものだと感じた。

 10時27分発の山陰本線園部行き普通電車に乗り込むと、車内は観光客で賑わっていた。特に嵯峨嵐山駅までの区間は、嵯峨野トロッコ列車に乗るための観光客で混雑しており、大きなリュックやカメラを持った人々が目立つ。車内の雰囲気は、旅の期待感で満ちており、グループで楽しそうに話す声や、風景を楽しむために窓際に立つ人々の姿があった。彼らの笑顔に触れることで、拓真もまた、自分が新しい旅に出ることへの期待感を抱くことができた。

 嵯峨嵐山駅に到着すると、多くの乗客が一斉に降りていき、車内は一気に静かになった。拓真はその静寂の中で、亀岡の風景を思い描いていた。彼の心は次第に落ち着きを取り戻し、亀岡での新たな生活が、次第に現実のものとして感じられるようになってきた。

 亀岡駅のホームに降り立ち、静かに歩き出すと、不意に肩を叩かれた。驚いて振り返ると、そこにはしわくちゃの笑顔を浮かべた見覚えのない老人が立っていた。老人は「鶴見」と名乗り、まるで拓真がここに戻ってくることを知っていたかのような表情で親しげに話しかけてきた。

「お前さん、よく帰ってきたな。」その穏やかな言葉に、拓真は驚きつつも、どこか安心感を覚えた。鶴見さんはさらに言葉を続けた。
「さあ、ここからが本番だぞ。お前さんの力、見せてもらおうか。」

その言葉は、まるでこれから始まる新しい旅路への扉を開ける鍵であるかのように響いた。自分自身と向き合い、そしてこの亀岡の地のために何ができるのかを探る旅が、今まさに始まろうとしていた。

続く…

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