京大病院における周産期医療の進化:安心と安全を追求して


こんにちは。今回は、京都大学医学部附属病院産婦人科の近藤英治講師による「京大病院における周産期医療の歩み」についての講演内容をご紹介します。この講演では、京大病院の産婦人科と周産期医療を取り巻く状況、そして病院における周産期医療体制の整備状況について詳しく解説されています。

1. 産婦人科診療の多様性

まず、産婦人科診療には主に4つの異なる領域があることを知っておく必要があります:

  1. 産科

  2. 婦人科

  3. 不妊治療

  4. ヘルスケア

これらの領域は全く異なる専門性を必要とします。しかし、興味深いことに、京大病院では30年以上にわたり産科を専門とする教授がいませんでした。そのため、多くの人々は京大病院の産婦人科といえば、伝統的に腫瘍(婦人科癌など)が強いというイメージを持っていたことでしょう。

2. 周産期医療を取り巻く状況の変化

2.1 産科医不足の深刻化

近藤講師が指摘するように、この20年で周産期医療を取り巻く状況は大きく変化しました。現在、最も深刻な問題の一つが産科医不足です。医師数全体は増加傾向にあるものの、産婦人科医の数は減少しています。さらに、女性医師の割合が著しく増加しているため、当直をして分娩を取り扱う医師が不足するという厳しい現実があります。

この状況は、以下のような要因によって引き起こされています:

  1. 産婦人科医の総数の減少

  2. 女性医師の増加(育児等の理由で夜間勤務が困難な場合がある)

  3. 働き方改革による労働時間の制限

  4. 高齢出産の増加によるハイリスク妊娠の増加

2.2 京大病院の周産期医療体制

このような厳しい状況の中、京大病院の周産期医療体制はどうなっているのでしょうか。近藤講師によると、主に病棟長の近藤講師自身と副医長の2名、そして8名の研修医が一緒に産科診療を行っているとのことです。

興味深いことに、京大病院は産婦人科スタッフの定員枠が東大や阪大の半分しかないにもかかわらず、毎年全国から優秀な若い医師が集まってきています。来年は16名(うち京大出身者8名)が入局予定とのことで、これは全国1位の数字だそうです。

この多くの入局者を得て、京大病院は北部を支援するために、週に7名の医師を配置しています。また、京都の母体搬送のおよそ4分の1を受け入れるなど、京都府の周産期医療に大きく貢献しています。

3. ハイリスク妊産婦の増加

周産期医療を取り巻く状況の変化として、もう一つ重要な点があります。それは、ハイリスク妊産婦の増加です。

3.1 晩婚化と高齢出産の影響

晩婚化や高齢出産の増加により、さまざまなハイリスク妊娠が増えています。例えば:

  1. 前置胎盤

  2. 癒着胎盤

  3. 妊娠高血圧症候群

  4. 糖尿病合併妊娠

これらの疾患は、母体や胎児に重大なリスクをもたらす可能性があります。

3.2 京大病院の対応

京大病院の分娩数は年間300から350件と、この20年間大きな変化はありません。しかし、ハイリスク妊娠が著しく増加しており、あらゆる母体疾患、産科合併症、胎児異常に対応しています。

具体的には以下のような症例に対応しています:

  1. 重症妊娠高血圧症候群

  2. 前置胎盤・癒着胎盤

  3. 多胎妊娠

  4. 胎児奇形

  5. 母体合併症(心疾患、腎疾患、膠原病など)

3.3 母体搬送の増加

京大病院の母体搬送受入件数は、近藤講師が産科病棟に入った2010年頃から右肩上がりに増加しています。2011年の母体搬送の内訳を見ると、最も多いのは切迫早産でしたが、母体の生命を脅かす重症疾患が搬送の約3割を占めていました。

これらの重症疾患に対応するため、京大病院では周産期医療体制の整備を進めてきました。

4. 京大病院の周産期医療体制整備

4.1 重症妊産婦受入の基本方針

京大病院は2010年より、「重症妊産婦はすべて受け入れる」という基本方針を掲げています。この方針は院内マニュアルにも記載され、全職員に周知されています。

特筆すべきは、搬送について産科単独で決定でき、関係診療科の事前了承が不要であるという点です。これは、周産期救急では迅速な対応が不可欠であるため、非常に重要な方針です。

4.2 院内連携体制の構築

重症妊産婦の受入れには、産科だけでなく、多くの診療科や部門の協力が必要です。京大病院では、以下のような連携体制を構築しています:

  1. 産科医からの連絡のみで受入れを決定

  2. 関係部署への連絡で必要な応援が常時得られる体制

  3. 病院全体で産科救急をサポートする体制

この円滑な連携診療体制により、多くの命を救うことができています。

4.3 症例紹介:肺塞栓症への対応

近藤講師は、この連携体制が功を奏した症例を紹介しています。帝王切開後翌日、初回歩行時に突然倒れ、短時間のうちにショックバイタルとなった患者が搬送されてきました。

近藤講師は直ちに搬送を指示すると同時に、肺塞栓症を疑い、関係部署に応援を依頼しました。患者は来院時心肺停止状態でしたが、PCPS(経皮的心肺補助)導入など迅速な対応により、後遺症なく退院することができました。

この患者は後日、第二子を無事に分娩し、京大病院にとても感謝されたそうです。この症例は、病院全体で常時産科診療をサポートする体制が整備されている京大病院だからこそ救命できたものと考えられます。

5. 産科危機的出血への対応

5.1 妊産婦死亡の主要因

残念ながら、現在でも日本では年間約50人の妊婦さんが亡くなっています。その原因の第1位は産科危機的出血です。妊産婦死亡ゼロに近づけるには、この産科危機的出血を制御する必要があります。

産科医の主な仕事は「出血との戦い」だとも言われていますが、産科危機的出血は従来ブラックボックスであり、なぜ止血困難であるかという検討はあまりなされてきませんでした。また、子宮出血や血腫に対する止血のアルゴリズムも十分に確立されていませんでした。

5.2 京大病院の取り組み

京大病院では現在、ダイナミックCTを用いて出血点を同定し、治療方針を決定しています。出血の状況をよく把握して診断・治療を行うことで、安全に出血を制御することが可能となっています。

例えば、膣壁血腫の場合、出血部位により治療方針が異なります。CTで出血点が深部にあることが判明した場合は、止血術は困難と判断し、最初から動脈塞栓術を選択します。

また、子宮収縮剤では制御困難な産科危機的出血に対しては、以前は子宮動脈塞栓術や子宮摘出術が行われていましたが、現在は様々なバルーンを子宮内に留置し、非侵襲的に止血する方法が第一選択となっています。

京大病院ではこのバルーンの使い方を様々に工夫しており、現在では動脈塞栓や子宮摘出を行うことがほとんどなくなりました。例えば、バルーンを直列に留置し、出血点を直接圧迫して止血に成功した症例もあります。

5.3 全前置癒着胎盤への対応

産科危機的出血をきたす疾患で、おそらく産科医が最も直面したくないのが全前置癒着胎盤です。特に胎盤が膀胱に浸潤している穿通性胎盤の場合は、術中出血量が1万mlを超えることも珍しくなく、関連病院でも残念ながら母体死亡を経験しています。

そこで京大病院では、ハイブリッド手術室で帝王切開を行い、以下のような万全の体制で手術に臨んでいます:

  1. 泌尿器科医による尿管ステント留置(万一の子宮摘出に備えて)

  2. 放射線科医による総腸骨動脈への血流遮断用バルーン留置

  3. バルーンを用いた胎盤剥離面の圧迫止血法の考案

この方法により、胎盤を摘出することなく止血に成功しています。残置した胎盤は数カ月後には自然に吸収され消失します。京大病院ではこれまで7例の全前置癒着胎盤に対して保存療法を試み、前例で胎盤を摘出することなく治療を完遂しています。

6. 胎児治療

京大病院では、様々な胎児治療も行っています。以下にいくつかの例を紹介します。

6.1 バセドウ病合併妊娠の胎児治療

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