解離性障害と創造性の関係 - 精神科医の視点から


はじめに

京都大学で開催された「創造性とは何か」というイベントで、同大学の野間俊一教授が講演を行いました。野間教授は精神科医として、特に青年期の精神疾患を専門としています。今回の講演では、解離性障害と創造性の関係について、精神医学的な観点から興味深い洞察を提供しました。

解離性障害とは

まず、野間教授は解離性障害について説明しました。これは、人格の統合が困難になる状態を指します。具体的には以下のような症状が見られます:

  1. 過去の記憶の部分的または完全な喪失

  2. 自己同一性の意識の喪失

  3. 身体感覚の喪失

  4. 身体運動のコントロールの喪失

これらの症状は、かつては「ヒステリー」と呼ばれていた状態に相当します。しかし、現代の精神医学では「解離性障害」という用語が使われるようになりました。

ヒステリーの歴史

野間教授は、ヒステリーの概念の歴史的変遷について説明しました。この概念は古代エジプトにまでさかのぼり、当時は女性特有の病気とされていました。中世には宗教的な解釈が加わり、悪魔憑きの兆候とみなされることもありました。

18世紀末から19世紀にかけて、ヒステリーは医学的な研究対象となりました。シャルコー、ジャネ、フロイトなどの著名な研究者たちがこの現象の解明に取り組みました。しかし、20世紀中頃には研究が衰退し、ヒステリーの実在性自体が疑問視されるようになりました。

1970年代になると、アメリカでベトナム戦争帰還兵の症状や、児童虐待生存者の高い発症率などが社会問題化し、再び注目を集めるようになりました。この頃から、否定的なイメージを持つ「ヒステリー」という用語は避けられ、「解離性障害」という名称が使われるようになりました。

解離性障害の症状

野間教授は、解離性障害の様々な症状について説明しました:

  1. 解離性健忘:特定の期間の記憶が失われる

  2. 解離性遁走:自分の身元を忘れて別の場所に移動する

  3. 解離性同一性障害:複数の人格状態が交替する

  4. 離人症:自己の同一性や現実感の喪失

  5. 現実感消失:周囲の世界の現実感の喪失

  6. トランスと憑依状態:半覚醒状態

また、身体症状を伴う場合もあり、解離性けいれん、解離性運動障害、解離性感覚障害などが見られることがあります。

解離性障害の二面性

野間教授は、解離性障害患者には二つの側面があると指摘しました:

  1. 正常な無感動状態

  2. 不安定で混乱した思考を特徴とする状態

正常状態では、患者は自分の内面的な問題について語ることはほとんどありません。彼らは周囲の出来事に無関心で、ただ目の前の実務的なことだけをこなします。この状態では、患者の言葡が真実かどうかを確認することは困難です。

一方、不安定状態では、原始的な身体反応(全身けいれんや意識消失など)が現れます。このような状態を主症状とする障害が、古典的なヒステリーだと考えられます。

解離感情

野間教授は、解離性障害患者の周囲の人々が経験する特殊な感覚を「解離感情」と名付けました。これは、患者との情緒的なコミュニケーションが困難であることを示す感覚です。解離感情は、患者自身が周囲の世界から分離しているという感覚の反映でもあります。

解離性同一性障害(多重人格障害)

ここから先は

2,956字

¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?