麻雀を始めたきっかけと小さい頃の思い出
ノート
最初の最初は、家族でやった時だった
昔のこたつにはよくあった、テーブル部分をひっくり返すと雀卓になるやつだ。
あれ考えた人天才だよね。
手積みで、別にみんな詳しくもないから、何個ずつ列を作ったのかも覚えてないけど、17個のわけはなく、きっと僕の前だけ短かったんだろう。当時14歳。
父親、母親、僕、そして亡くなったおばあちゃんだった。
なんとなくだけど、一番おばあちゃんが麻雀できてたような気がする。もう30年以上前の記憶だから、あやふやだけど。
妹とは4つ離れてるから、10歳。彼女は寝てたんだろうか、全く覚えていない。
いわゆる家族団欒みたいな時間が僕の記憶にはほとんどない。旅行の記憶がほとんどない。
小さい頃から共働きで、小学校の頃は、毎日鍵っ子だった。
鍵っ子だったけど、鍵を持ち歩いてるわけではなく、木で建てた小さい倉庫のようなところの中の片隅に置き鍵をしていた。
九州の福岡、大牟田という田舎育ちの僕にとっては、それが当たり前でなんとも思わなかったけど、今思うと適当だよね笑
母親が鍵を置き忘れて、家に入れなくて夕方まで待ってたことも何度もあったし、置いてはあったけど、最初から鍵開いてたこともあったし。
もちろん携帯も何もない時代だったけど、隣のお家は一つ上の学年の子のいるところだったから、困ることはなかった。
広場に行けば、誰かがいて、野球やキックベースや缶蹴りなんかを毎日やってた。
小学1年の時に、ファミコン本体をソフト2本と抱き合わせで買い、小学校2年の時にドラクエ2が出て、小学5年で父親の転勤とともに、千葉へ。
中学1年でバスケ部に入る。
僕は余裕の補欠だったので、主に後輩の指導役だった。まあ上手い後輩にはすぐ抜かれるんだけど笑
練習はきつくて、結局最後に残るのはいつも入部した人数の半分ちょっと。
体罰のようなものがまだ残っていた時代。ミスをしたやつは、試合中にも関わらず、コートの外に呼ばれて、固い草履で頭を引っぱたかれてた選手達(笑)
でもまあ先生も平日授業で、土日部活顧問て、よくよく考えたら、すごいよね。今の僕にやれって言われたらできないわ。
そんな中学時代に初めてやった麻雀。
やはり最初に習ったのは、チートイツだった。
2個ずつ揃えるだけでいいからと言われて、夢中になって集めてたなー。きっと場に3枚切れの牌とかも持ってたんだろな笑
ドンジャラが好きだった僕はのめり込むようにはまり、高校で一気に加速した。
点数計算は物理の授業中に1日で覚えた。
好きこそものの上手なれってこういうことだよね。
きっかけをくれたおばあちゃんは一昨年に亡くなった。
おばあちゃんいなかったら、4人揃わないから、その時の麻雀は始まってなかっただろう。
去年結婚した妹の花嫁姿を見せてあげたかったな。
僕の娘とは2回くらい合わせることができた。コロナの前にね。
コロナが流行り始めてからは、特老に入っているおばあちゃんのところには行くことができなかった。
娘は今は小学2年。踊りが好きで、「可愛くてごめん」をずっと踊ってるよ、おばあちゃん!
こんなノートで娘のことを最初に書いたのが2年前。え?2年もたったの?と読み返したら、たってた。
月日が経つのは本当に早い。
いつのまにか僕は50になるんだろう。
いつのまにか娘の花嫁姿を見ることになるんだろう。
そんな僕は昨日も娘に髪引っ張られて、トイレ連れてかれました。
いつまで連れてかれるんだろね、半年なのか、1年なのか。
このノートを読み返す時にはトイレも一人で行くようになっているのだろう。
仕方ないから、それまでは付き合ってやるか。