言葉にすれば
小学校の頃から、なりたいものが多い子どもだった。
卒業文集には、警察官だの消防士が並ぶ中、宇宙飛行士って大きすぎる夢を書いていた。
その時の思いつきだけど、それはいつも本気だった。
中学に入ってテニス部に入り、本気で全国大会に行くんだって、プロになるんだって、祖父の部屋で恥ずかしげもなく熱く語っていた。
もちろん練習は休みもないほどに、たくさんした。
朝練、放課後、そして土日、長期休み。
何人もの同級生が辞めていく中、僕は最後の引退まで残った。
市内大会でベスト8。
これが僕の3年間でいちばんいい成績だ。
この頃から、僕は祖父の部屋で夢を語ることをしなくなった。
本気だったから。
自分の中から何かが抜けた気がした。
高校に入って、文化祭をきっかけにギターに興味が出て、アルバイトで貯めたお金で買ったものの、長くは続かなかった。
映像の中の有名ギタリストを見て、憧れと挫折を同時に味わった。
そうか。僕は狼少年だったんだ。
童話の中の彼もきっと本当のことを言ってたんだ。
何を言っても両親には、またかと呆れた顔をされ、そんなのどうせできないんだからと、やりたくもない習い事を勧められる。
何度も何度も嘘を言って、何度も何度も呆れられる。
これは嘘なのか、それとも本当なのか、自分でもわからなくなる。
しゃべれない。もう人に伝える僕の言葉は嘘なんだと無意識に思い込んでいた。
市内テニスサークル誕生の知らせを見たのは、半年前の出来事だった。
34歳となった僕は、会社で主任という肩書きを持たせてもらってはいるが、部下がいるわけでもない。
小学校の頃からずっと変わらない中途半端な位置を大人になっても続けている。
変わりたい。でも変われない。
そんな時に目に止まったのがテニスサークルだ。
靴箱に捨てられずにあったテニスシューズを眺めながら、祖父の優しい笑顔を思い出す。
思い出すのは厳しい練習ではなく、祖父のことばかりだった。
…そうか、僕はじいちゃんに僕のやっている事を話すことが大好きだったんだ。
いつの間にか自分の理想の位置を意識しすぎて、本当が嘘に変わってしまっていたんだね。
変わらなくても、変わってもいい、もう一度真剣にやってみようかな。
2か月後にある、社会人の部の大会、エントリーは4人。
じいちゃん、僕は初めてのベスト4以上だよ、ちょっとずるいけどね。
言葉にすれば願いは叶いやすいって何かで読んだことがある。
「社会人の部で優勝します!」
一人暮らしの僕の部屋に少し響くくらいの声を出したせいか、祖父の写真立てが少し動いたように見えた。
あの夏で抜けた何かをもう一度探しに行ってくるね。