二匹の蝿
大きな銀杏の木が一本ある、小さな神社。
その目の前にあるアパートの二階に、私は住んでいる。
どこから発生するのだろうか?
今の時期、窓を開けると蝿が入ってきやすい。
窓全開で逃げ道を。
なるべく広く大きく、逃げ道を確保しても、堂々と部屋の中に居座ってしまうことがある。
蝿と私の戦が始まる。
仏のような気持ちで「ここから出ていきなさい」と念じる。
念が通じたのかどうかはわからないが、出て行ってくれることもある。
サッと網戸にすれば、平穏が訪れる。
一匹を逃がす為の行為により、二匹や三匹になってしまうこともある。
本日は、二匹であった。
食事中に挑発されるように飛び回られると、仏の私は鬼へと化す。
「死にたくねぇなら、さっさと出ていけ」
それを嘲笑うかのように、小指の爪程のサイズの奴が視界に入る。
黒かと思いきや、メタリックなボディが鮮明にわかるほどの距離で、足を擦り合わせている。
「マジで死にてぇみてぇだな」
私は押入れから、ガサゴソとテニスラケット風のものを持ち出してきた。
スイッチを入れると、電気が流れる。
これに触れれば一撃だろう。
しかし、殺らなくていいのであれば、殺りたくはないのである。
過去に、家の中で、蝿を殺さずに放っておいた事がある。
何日居座ったか正確には覚えていないが、数日同居していた。
虫に感情があるのかわからないが、だんだんと調子にのってる感がでてくる様にみえる。
今考えると、それを乗り越えれば共存に至るのかもしれなかったが、今でも共存する気はないし、その時も共存はできないという考えに至った。
テニスラケット風の武器を振りかざすと、蝿はスッと外へ出ていった。
私は、サッと網戸を閉めた。
大体いつもこんな感じで、蝿と私の戦は終わる。
蝿との戦いで、本気度をみせるためだけのテニスラケットと化している。
私がこの文章を書いていると、網戸に先程の蝿らしき野郎が、何度か訪れていた。
「もう入れません〜」
部屋に入ってこられない蝿を横目に、嘲笑う。
悠々とお昼ご飯を食べ、珈琲タイムを満喫する。
ゆっくりとお風呂に入り、身支度をする。
「…?」
視界に一瞬、小さく黒いものが目に入った。
そう、蝿だ。
迂闊だった。
二匹入り込んでいた事を忘れていた。
小指の爪サイズの奴を追い出し満足していたが、奴の三分の一位のサイズの蝿がまだ家の中にいたのである。
何度か僅かに気配を感じたが、追い出した奴の残像のようなものだろうと、追求しなかったのだ。
私は台所にある小さな窓を開けて、「ここからでなさい」と言った。
彼女は小さな窓から、スルリと上手に出て行った。
私は、小さな窓を、ゆっくりと閉めた。
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