全員「仮氏」


ゆり子は言った。「全員仮氏」。

私は、スポティファイで無印良品の音楽を聞き流しながら、布団の中でゆり子に返すLINEを打っていた。

やっぱりだめか。



ゆり子にとっては、5年交際が続いている"彼氏"も、最近始めた友達以上の関係を持つ友達も、ゆり子の見える場所に「男性」として備わって存在する人も、みんな「仮氏」であるらしい。最近デートしたモンスター的存在である裕福男性はなぜか「仮氏」ではない、仮氏にはあがれない。でも尊敬をしているから丁重に扱う。ということは、むしろ、仮氏じゃないその人への方が誠意はある。仮氏たちに対してはまるで誠意も情もなく、ただ「利用」があるのみだ。

ゆり子にとって、なぜ「仮氏」たちが彼氏ではなく、仮氏になってしまうのかというと、
それは仮氏たちに「仮氏ポジション」が返ってきているとしか言いようがない、と言っていた。
(返ってきてるということに妙に心がざわついた、心当たりしかない。)
ゆり子の話す言葉は他の女の子たちより難しい。あー見えて、T大学卒だからか。

ゆり子は、元々小学校から高校まで学校が一緒だった、まあそれなりに親しくしていた間柄だった。

いつの日にか、ゆり子も私も28歳。四捨五入の30歳。30歳バンザイ。

実はゆり子とは、この間10年ぶりに取引先として再会した。再会したときには私の知っているゆり子ではなくなっていた。
ゆり子は、学生時代まで、なんというか純情で素直で正直にいて、汚い世界なんて知らない艷やかな白玉みたいな肌を輝かせていた。
再会したときのゆり子は、別の意味で艷やかな女性となっていた。
取引先として一年間一緒にした。取引が完了後、改めて連絡先(LINE)を聞いて、それなりの高級層向けバーに誘ったりなんかした。

ゆり子も私のことを悪くないな、と思っている様子は一緒にいて感じ取れた。

3回目のデートでも交際できるかの確信がない気がして、じっくり関係を作って攻め落とすことにした。

私も、大切な人との関係が破綻してからもう2年半が経つ。別れてからは、とにかく誰でもいいからちょっと綺麗だなと思う子と交際しては別れて、たまに風俗に行ったり、と本当にパートナー探しに関しては適当にやり過ごしていた。
私の職業は、外資系の投資信託で大企業や外国企業にお金を貸したり、投資先を紹介するといった業務だ。年収は2000万円。学歴こそ、ゆり子程はないものの、面接の一言や学生時代の経歴づくりに工夫をこらしたおかげで内定をもらった。同期や上司はT大よりもはるか格上の英国大学出身者やらがほとんどだ。それでもなんとかそれなりに出世のきっぷも掴んだところだった。

これだけ、条件も悪くない男であれば、ゆり子にとっても不足ではないと思うのだが。

5回目のデートでは、シャングリ・ラのスウィートルームを予約し、そこに軽めの食事とシャンパンやらを用意した。ゆり子は少し驚いて嬉しそうな顔をした。そこで、ふたりで語らい、そして告白をしーーベッドへーーーという流れを確信できた。

「ゆり子さん、あなたがとっても魅力的です。これからもいろんなところへ二人で一緒に出掛けたい。」
ゆり子の瞳孔が大きく開いたのが見えた。

「それは、えっと、つまり、どういう……」
とゆり子はわざとらしく言った。

「私とお付き合いしませんか?」
今回は、相当本気だった。本気でこの人がいい。この人といたい。逃したらもういないだろう、こう思える相手。2年半前に別れたあの彼女以来出会わなかった、良いと思える女性。嬉々とした表情が一瞬出たのだから、いけると思った。
「私は、私も、あなたのことを素敵だと思っているし、付き合いたいと思う気持ちもある。でも今は付き合えない。」

えっ。無理なの。

「『仮氏』では駄目ですか。」

「仮氏……?」