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映画『マイ・ファミリー~自閉症の僕のひとり立ち』小野正嗣さん(作家、フランス文学者)トークイベントレポート2023/11/26(日) 新宿K’s cinema

これからこの作品について僕が感じた魅力をお話ししたいと思います。あくまでも僕が見た印象ですので、みなさんのご感想と比較して、そういうところもあるのかなという感じで聞いていただけたらと嬉しいです。

これは「私たちの物語」である

みなさんも本作を見ていて他人事とは思えなかったのではないでしょうか。「これは自分の物語じゃないか」と、どこかしら自分に関わるところのある物語として見たのではないでしょうか。実際、ケース・モンマさんのように「自閉症」と呼ばれる特性を持った方は社会にたくさんいらっしゃいます。僕は大学で教員をしていますが、そういう特性の学生さんにときに出会います。

ケースさんが他の人とやりとりしている姿を見て、自分もああいうふうに率直にものが言えたらいいな、と感じた方もいたのではないでしょうか。ケースさんは相手のことをあまり忖度せずに、対等に自分の考えを言うじゃないですか。「“フムフム”はやめて、“Yes”か“No”かはっきり言ってほしい」とか。「こういうことは嫌だ」と、はっきりと言いますよね。今の世の中って、相手と対等に話ができなくなっていることが多いと感じませんか? 人と人とのあいだには常に何かしら力関係があります。また、それぞれの人に色々な背景があります。そうしたものを推し量って話をする、つまり相手のことを気遣うのは大切なことです。でも、そのことにばかり過剰に気をとられて、自分が本当にそのとき感じていること、考えていることを、素直に率直に相手に伝えることが少しやりにくい状況も増えてきているのかな、と思います。そういうことを考えると、ケースさんのように、思ったことをパッと率直に言えたり、実のお兄さんに向かって「そんな顔をされるのは嫌だ」とはっきり言えるのは、すがすがしいですよね。自分が苦しい、嫌だ、という気持ちを、相手の反応を恐れず素直に率直に伝えることのできる意思疎通のあり方ってとても大切なことなのではないかと考えさせられます。

僕、風邪をひいて声が出なくなってここ二日くらい喋れませんでした。人とやりとりできず、とても不便に感じました。ケースさんは、たしかに自分の思っていることを素直に伝えていますが、相手が自分の思ったように反応してくれないことに、あるいは相手が自分にとって思いがけない反応をしてくるということに、もどかしさを常に感じていると思います。でも似たような経験が自分にもあると、僕たちもちょっとしたことから気づかされます。たとえば、こんなふうに風邪で声が出なくなったりしたときとか、留学や海外旅行などで言葉が通じなかったときとか、目の前の人と意思疎通ができず、困惑することってありますよね。今まで当たり前だと思ったことが、実はまったく当たり前でないのだと。たぶんそういうことが日常的に起きている中をケースさんは生きています。その姿を見ながら、ケースさんほどではないにせよ、それは僕たちの身にも起きることであり、他人事ではないと感じます。


インクルーシブなまなざし

自分の身の回りにも、ケースさんみたいな人がいる、と感じた人も多いのではないでしょうか。僕は、大分県のかなり田舎の海辺の集落の出身です。「自閉症」というものを明確に意識していたわけではないのですが、集落に「ちょっと変わった人」がいるなあと感じることが確かにありました。都会であれ地方であれ、コミュニティの中で暮らしている中で、そういう方に出会った経験が誰しもあると思います。何かちょっと違うな、不思議な人だなあと。

自分の身の回りにもそういう方たちがいたときに、どのように接するとよいのか。ケースさんの場合はご両親を始め、周りに理解がある人が多いですよね。理解という点では、僕が大学で教えていて感じるのは、そういう特性を持った方たちに対して、明らかにいまの学生のみなさんはとても深い理解を持っているということです。そういう特性を持った人に対して、学生さんたちが話をよく聞いて、困っていたらサポートをする。その様子がとても自然なのです。授業での、あるいは授業以外での自然なその姿を見ていると、日本でもこうした特性は、特殊なものではなくて、さまざまな個性のグラデーションのうちの一つなのだということを、学生さんたちは肌身で理解されているという印象を受けます。この映画の場合、どうしてもケースさんのご家族が映画の中心になるので、より大きな社会背景までは見えてきません。それでもこの映画を見ていると、明らかにいまのオランダの社会は、こういう特性のある方たちを自然に受け入れて、その方たちと共に暮らす「インクルーシブ(包摂的な)」な社会なのだろうと感じられます。

「真の自立」とはなにか?

この映画を見ると「自立とは何か」ということを考えさせられます。僕たちはつい、親元から離れ、独立した人格として一人で生活を営んでいくことが自立だと思いがちです。僕はフランスに長く留学していました。フランスは個人主義的傾向が強い社会だと言われますが、確かに、「自立する」、つまり個人が一個の人格として独立し、他者に迷惑をかけないで暮らしていくことが重視されている社会だと感じていました。同様に、オランダや北欧などの福祉の先進国と見なされている国々も、“一人ひとりが自立し、自分の個性を伸ばせるような環境”を大切にしていると思いますが、ケースさんのお母さんを見ていると、自立も大切だけれど、それ以上に大切なものがあるのだろうと感じます。「愛情」です。自分のそばに自閉症を持っている息子がいて、もちろん「自立」はしてもらいたいけれど、その息子が困っていたら助けたいし、息子が幸せでいられるように、自分にできることはすべてやりたい、という決然とした意志が彼女にはあると思います。それは自分の心から、息子への愛情から自然に発するものです。自分がやりたいから息子をケアしている、ということですね。

いま、「ケア」という言葉をよく耳にします。この「ケアの思想」は実際の福祉の現場だけではなく、哲学や文学などの人文学の様々な分野においても注目されているようです。「ケア」という考え方の根底にあるのは、人間はみな、相互に依存し合って生きているという事実です。完全に独立していて、誰にも全く依存していない存在はひとりとしていない、ということが基本的な考え方としてあります。ケースさんのお父さんは、ケースさんを自立させたいし、自立することが彼にとって幸せなことだとおっしゃっていますよね。お母さんもその考えに賛同しているようですが、実際には、息子の「自立」を促すというより、常に息子を受け入れています。息子が新居で、「食事と寝るのはやっぱり自分の家(実家)ではないとダメだ」と言ったら、それを自然に受け入れています。「自立」はもちろん大切だけれど、それ以上に大切なのは周囲の愛情なのだと思います。どんな特性を「持っている/持っていない」に関係なく、近くにいる人が困っていたり悩んでいたりするのを見かけたときにすっと手を差し伸べて、「大丈夫?」と、自然に注意を傾けてあげる。この映画において、ケースさんのお母さんはまさにそういう「ケア」の人として描かれています。

ですから、この映画を見ていると真の自立とは何なのかを考えさえられます。真の自立はおそらく、誰にも頼らずに生きていくことではありません。僕も含めて、誰にも助けられずに生きている人はほとんどいないと思います。必要な時に誰かに手を差し伸べてもらいながら、あるいはいま自分にもできることがあれば手を差し伸べながら、家族であれ、友人であれ、同僚であれ、周囲の人たちとお互いに助け合い依存し合うことが大切です。依存というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、そういうネガティブな意味ではなくて、お互いに助け合う、注意を傾け合うというポジティブな意味での相互依存という場を広げていく可能性をこの映画は示していると感じました。


ひとりの人間を等身大の姿で描く

ケースさんは、絵を描くという特殊な才能を持っています。自閉症の方たちの中には、そういう特別な才能が持っている方がいます。ケースさんはたまたまそういうことができる方です。できるのですが、この映画は決してそこに焦点を当てていないのがまた素敵だなと思いました。そこに焦点を当ててしまうと、結局「この人はそういう力や才能があるからよかったよね」というところに落ち着いてしまいかねないからです。でも、そういうことをこの映画は言いたいわけではないのです。そういう能力があろうがあるまいが、ケースさんはひとりの人間として、僕たちと同じように悩みや苦しみ、不安を抱えている。そういう人の姿を等身大で丁寧に描き出しているところが素晴らしいと思います。この人の絵画の才能に焦点を当てたりすると、観客は “アウトサイダー・アート”や“アール・ブリュット”といた枠組みで、ケースさんのことを理解しようとするかもしれない。もちろんそれによって説明できることもありますが、そうすると、この人は特別なんだと、僕たちとの「違い」が強調されてしまう。でも、そうではなくて、ケースさんという人の生き方の全体の中に、絵を描くという才能もある、という描き方になっていて、だからこそ、ケースさんと僕たちの「つながり」が強く感じられるのかもしれません。

「ホームのような場所」をつくるためのヒント

最後になりますが、この映画を見て僕がいいなと思ったことをもう一つ申し上げます。この映画の英題は“A place like home”です。訳すと「うちのような場所」という意味です。みなさんも、「自分にとってのホーム」があると思います。「ホーム」は文脈によって「うち」にであったり「故郷」であったりしますが、世界中で多くの人が、ホームを持てなかったり、ホームから追いやられるということが起きています。そういうことを経験した人が身近にもいらっしゃるかもしれないし、ご自身がそうかもしれない。誰もが「ここに居場所がある」「ここがホームだ」と感じられるような場所を持てるといいなと願います。そして、そういう場所を作るために、何が自分にできるのだろうか、ということを考えるヒントをこの映画は与えてくれると思うのです。


★映画『マイ・ファミリー~自閉症の僕のひとり立ち』公式サイト:
http://www.pan-dora.co.jp/myfamily/

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