「クルマイズカー」
客観的には、自分のような人間の願いは成就されないでほしいし、自分のような人間にハッピーエンドが訪れてほしくはない。でも主観で生きてるのが人間というもので、幸せになりたいし楽して生きていたい。炭酸水ってちょっとしょっぱく感じて苦手だ。その感じわかる???わからなくても、よい。
夜。窓の外に赤い光。うすいカーテンを開ける。向かいのマンションの前に消防車が止まっている。その後ろに救急車も止まっており、何事かと心配になる。ここまでは月にいっぺんあってもおかしくない一幕だ、というのはこれらの車を呼ぶに至った当事者たちからすれば不謹慎な話だが……。少なくとも地球のあちこちでしょっちゅう人がデスそしてバース、デッドまたはアライブしているらしいから、消防車と救急車が一緒に来ていることは取り立てておかしいことではない。いつだったか消防車と救急車が合わせて五台くらい連なっていたこともあったし急を要する事態なのだろうと想像するのは難しいことではない。
では、今の状況はどうだろう。消防車と救急車、その後ろに霊柩車とゴミ収集車、灯油のトラックやレッカー車まで見える。しかも窓から目視で可能な範囲でこのラインナップなので、実際はさらに奥まで車が連なっているのがわかる。道路は渋滞している訳では無い。むしろスッキリしているくらいで、林家こん平風に言えばまだ若干の余裕がございます、という具合だ。
気になったので夕食の支度もうっちゃって外へ出てみる。間近で見ると圧巻の光景で、マジかと声に出したくなる。向こう側の道路まで近付くことも可能だが切迫した事態であれば野次馬が邪魔をするわけには行かないので、こちらから車たちの様子だけ伺ってみる。どうやら十五、六台は並んでいるようでその顔ぶれも多様であると見える。私は後ろの方で選挙カーとラーメン屋の屋台に挟まれた焼き芋の車を見つけ、ちょちょっと行って買って来てしまった。芋を選びながら焼き芋屋のおじさんに聞いたところによると、この時期は毎日ここで止まって売っているそうだ。音を流すと嫌がる人も多いから最近は音を流さなくなったらしく、それで私も今日までその存在を知らなかったのだ。いつもの商売場所が謎の行列になっていることについては、本人も困っていた。おじさんと行列の原因についてひとしきり妄想を話してから家に戻った。
帰ってから窓の外を見ると、いつの間にやらレッカー車とその前後の数台が居なくなっていた。レッカー車は大きいので覚えていたが、他に何の車が消えたのかは思い出せなかった。自宅付近の家が急に取り壊されたときと同じだ。人間の記憶力は臓器よりも脆い。骨とかでプロテクトしておきたいのに、突然スルッといなくなる。
さらに目の前で消防車、救急車、霊柩車、灯油トラック、ゴミ収集車が一度に去っていった。読点を矢印に変えるだけで何らかの図式が成り立ってしまいそうで怖気立つが、想像とはいえ倫理観に欠如しすぎて何らかの規則に抵触しそうなので何も考えないことにした。そんなインモラルなバケツリレーが起こるほどこの街は終わっていない。と、次の瞬間パトカーから人が降りて日通のマークが入った硬そうな車に入っていった。さらにその中から覆面の男が二人現れてパトカーに乗ると、後ろのタクシーが戻車のまま列を抜けて出ていった。それを追うように輸送車が出て、何台も抜けた穴を埋めるように後続の車が間を詰めた。
私は目の前で起こる脳トレさながらの入れ替わりに頭がついていけなかった。明らかに何か事情が、それもイリーガルな事情がありそうなドラマを目撃してしまった。さらに、その後残った車もパン屋の車とかバニラのトラックとかコープデリのかわいい少年が描かれたトラックとか、工事現場のミキサー車とか二階まであるバスとか……。
カーテンを閉めた私は何も見なかったことにして晩御飯の支度を再開した。
それから数日経ったがSNSやニュースにもこのことは取り上げられていないようだった。私の想像力や情報収集力では到底、この現象を理解することはできそうにない。何者かの意図によって集められた車の群れなのか、偶然それぞれの仕事を全うするべくして集まってしまった日常の一ページに過ぎないのか、全ての車が走り去った今となってはもう分からないが、この車の群れに心当たりがある方、何らかの推理が思い浮かんだ方は情報提供を頂ければと思う次第である。