天邪鬼
君のいない世界なんて、壊れてしまえばいい。
君の笑顔が見られない世界なんて、きっと何色もない寂しい世界なのだろう。
「ありがとう」
君の口が動くたびに、胸に言語化できない鈍い痛みが突き刺さる。
何でこんな気持ちになってしまったのだろう、いずれ自分が辛くなるのは分かりきっていたことなのに。
「君にとって、僕はいい人じゃなくてごめんね」
最後の最後まで素直になり切れない自分が、今この世界で1番醜い、きっとそうだ。
こんなこと言いたいわけでもないのに。
「そんなことないよ」
君の優しく包み込む否定が、ズキンと全身に重く響く。
「本当だよ、あなたはとっても面倒臭くて自分勝手で優しいフリをしているのずっと分かっていたんだから」
どうせなら、そんな言葉で僕の気持ちを切り裂いてほしい、切り裂いて脆くてぺらぺらな再生用紙みたいにぐしゃぐしゃにしてほしい。
そうなれば、どんなに楽だろう。
ああ、最後まで僕は自分勝手で人の気持ちなんて1ミリも考えられない醜い存在なんだ。
君のくれた言葉一つ一つを否定して、ただ自分が楽になりたいだけなんだ。
人に自分の気持ちを任せて、押し付けて、否定して、
「ほら、やっぱりね」
なんて放り投げて、澄まし顔で傷付くことから逃げたい僕が天邪鬼という言葉の傘からひょっこりと顔を出す。
違う、僕が本当に伝えたい言葉は、気持ちは、そんなことじゃない。
「ねえ、覚えてる?」
俯いて何も言葉が出てこない僕ーーー天邪鬼に投げかけられた音。
曇り空の中へ溶けてしまいそうな、そんな切ない声色、されど残酷なほど優しい音がスッと心に染み込んでくる。
「なにを?」
どんよりとした曇り空みたいに、濁った声色が今度は君のもとへ。
「最初に会った時さーーー」
君の紡いだ言葉が、鮮明な映像となって頭の中をぐるぐると巡り始める。
ああ、そうか。
そうだよな。
ずっと抑え込んでいた感情が、僕の上で嗤っていた天邪鬼を飲み込んで押し流す。
「君がいなくなったとしても、僕は」
うん、と目を細めながら頷く君が視界に入る。
いつの間にか、抑え込んでいた感情が、温かく頬を伝い始める。
ドッと流れ出した感情が、濁流みたいに止まらず溢れ続ける。
「君に会えなくなったとしても、生きていくから」
「うん」
だからさ、だからさ、と顔を拭う僕はどんな風に映っているのだろう。
最後くらい、醜くないかっこいい僕でいたかったのに。
「元気でね」
君へ伝わる直前で空に消えちゃわないように、真っ直ぐ君の目を見た僕は、素直な僕だっただろうか。
完。
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