ユスリカは孫子で倒せ

(2021年4月にブログにUPした記事です。)

仙台にいた頃に、「小バエに悩まされている」みたいな内容の記事を書いたと思うのだが、大阪に移り住んだ後も、しばらく私は小バエに悩まされていた。というか実際のところ、仙台にいた頃の50倍くらい悩まされていた。何を根拠に弾き出した50倍なのかというと、単純に湧く小バエの数である。もう最悪だった。

去年、大阪に引っ越して来て1ヶ月ほど経った頃から、台所、廊下、出窓など、家の中のあらゆるところに小バエの死骸が落ちているのが目につくようになった。初めの頃は窓を開けたら吹き込んじゃったほこりくらいの量だったのだが、最終的に全力で砂遊びした飼い犬が洗う前に突入してきたくらいの量が、毎朝落ちているようになった。毎朝だ。毎朝クイックルワイパーで家中を一周し、元の位置に戻る頃にはワイパーの裏面が─────これ以上の描写は、苦手な人もいると思うので控えよう(巧妙な喩えが思いつかなかったわけではない)。

ちなみに、大量の死骸があるということは当然大量の生体もいるわけで、寝床のある居室の方は(幸運なことに)大分マシだったが、台所と一緒になっている廊下の方は本当にひどく、ある朝ありえんほどの死骸が落ちているのを見つけた私が反射的に視線を上げると―――――これ以上の描写は、私が思い出したくないので控えよう。

色々な努力をした。小バエトラップは市販と手作りの両方を試したし、虫コナーズ玄関用みたいなのも掛けたし、生ゴミも極力密封処理して、排水溝も頻繁に掃除した。最終的にはキレて、家中の詰まってもいない排水溝にパイプユニッシュを流し込んだ(排水溝の奥に温床があるとしたらそれで一網打尽にできると思ったのだ)。しかし、何をしても効かなかった。全部試し終わる頃には春が終わり夏も過ぎて秋になりかけていて、小バエは少なくなりはじめていた。そしてそこでようやく私は思ったのだ。

これ、ハエじゃないかもな…………。

孫子を知っているか。

突然話題を変えたわけではない。まだ小バエの話は続いている。これも必要なプロセスなのだ。

孫子はたしか諸葛孔明よりも前の人で、孔子と同じくらいの頃の、中国の軍師かなんかである。このあやふやな説明からわかるとおり、私も彼についてはよく知らない。ただ、彼が兵法書に残した名言だけは知っている。「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」だ。私はこの言葉を、小さい頃から3チャン(Eテレの古い言い方)の 忍たま乱太郎 で知っていた。

秋になって、さすがに死骸にも慣れてきて、そこで初めて、私は死骸をよくよく観察した。

小バエというのは大抵、丸い羽根に寸詰まりの胴体をしているものだが、春夏をともにしたその死骸たちは、トンボのような細長い羽根に、消しゴムのカスみたいに細っこい体、そして頭のところには2本のブラシみたいな触覚がついていた。どう見ても小バエではない。私は半年間、いや仙台の頃を含めれば数年間、根本的な勘違いをしていたのだ。

すぐさま死骸の特徴を手がかりにGoogle検索してみたところ、それはユスリカという虫であるらしいことがわかった。名前こそ耳馴染みがないが、あたたかい季節に自転車とかで走っているとたまに突っ込んじゃう、虫の竜巻みたいなのがあるだろう。あれを作っているのがこのユスリカだ。

特に人を刺すことも、病気を媒介することもなく、口がないので食事もせず、成虫になったら即交尾・即産卵・即死亡してしまう儚い虫だが、単純に大量発生するので世界中で疎まれているそうだ。

ユスリカが湧くのは水場だが、人ん家の排水溝とかではなく、川や沼、湖などの自然の水場を好むらしい。私のアパートの周りには田んぼと田んぼと田んぼと川があるため、大量発生したユスリカが、おそらく換気扇を通って家の中に侵入していたようだ。窓は閉めきりで換気口もない居室にはあまり出ず、換気扇が複数箇所に設置された廊下・台所の方にたくさんいたのはそのせいだったのだ。解決策は、換気扇にフィルターを貼り付ける。それだけでよかったのだ。

本当に、死骸をよく見てさえいれば、すぐわかった話である。小さい頃NHKに教わった大切なことを忘れ、無駄な労力を費やしていた私のなんと間抜けなことか。己の愚かさを痛感した私は、改めて孫子に学ぼうと心に固く誓い、すぐさま彼の著書をAmazonのあとで買うリストに加えた。

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