限界突破グランマ
『姥捨て山』という言葉の意味を知っている人はたくさんいると思うが、元となった昔話を見聞きしたことのある人は、意外と少ないのではないだろうか。
基本的に、「母を山に捨てようとした息子が、何やかんやで思いとどまる」という話なのだが、この「何やかんや」の内容によって、いくつかパターンが分かれる。山へ向かう道中で母の愛を再確認して改心する場合もあれば、捨ててから後悔して、泣きながら迎えにいく場合もある。中でも特に印象に残っているのは、母と息子とそのまた息子の、親子三代で一緒に姥捨て山に行くパターンである。山奥に到着し、息子が母を背負子(しょいこ)ごと置いて行こうとしたそのとき、連れてきた幼子が「お父さんを捨てるときに使うから、背負子は持って帰って」と言うのだ。子供らしいのか らしくないのかよくわからないシンプルで残酷な考えであるが、ともかくこの合理の鬼が放った一言のおかげで、息子は母親を捨てることを思いとどまるのだ。
そういうわけで、記念すべき2020年初の投稿は、この『姥捨て山』を題材にした天顧大介監督の映画『デンデラ』の感想である。
あんまり詳細に感想を述べてもおそらく全部読まれないだろうし、著作権に抵触する恐れもあるため、大事なところだけピンポイントで触れていくことにしよう。
まず物語は、主人公である70歳の老女 “斎藤カユ” が姥捨て山に捨てられるところから始まる。昔話と違って小さなドライモンスターを同行させなかったために、雪深い山奥にしっかり置き去りにされてしまった彼女は、飢えと寒さで倒れてしまう。
そんな彼女を拾い助けたのが、タイトルにもなっている『デンデラ』の老女たちであった。老女たちの顔を見たカユは、ひどく驚いた。何故なら彼女たちは、皆とっくの昔に山に捨てられて死んだはずの、カユと同じ村の女たちであったからだ。
そう、デンデラとは、姥捨てされた老女たちが集まり30年の時をかけて築き上げた、限界『突破』集落だったのである。
デンデラには、ある一つの野望があった。自分たちを捨てた村を襲撃し、男たちを皆殺しにしようというものである。若い頃は男尊女卑の文化のもと馬車馬のように働かされ、年寄りになったらゴミ屑のように捨てられる────そんな村のしきたりを、老女たちは激しく憎んでいたのだ。
そしてカユを迎えて人数が50人になった今こそが襲撃作戦を決行する時だとして、話について行けず呆然とするカユをよそに、5日後の満月の晩、村を襲うとの決定が下されたのである。
……イカす!
グッドエンドにしろバッドエンドにしろ復讐譚は結構好きだし、ジブリやゾンビ映画に時々出てくる『強いおばあちゃんキャラ』は言わずと知れた皆の人気者である。最年少が70歳、最高齢は100歳、老婆だらけの忠臣蔵が今、幕を開ける────!!!
しかし、そうして期待に胸を躍らせたそのとき、事件は起きた。
そう、熊が出たのだ!!
本来ならば冬は穴にこもって寝ているはずだが、秋のうちに十分に食えず冬眠できなかった熊の親子が、空き腹を抱えてデンデラに襲いかかったのである。
犠牲者を何人も出す死闘の末、デンデラの老女たちは子熊を仕留め、母熊を撃退した。皆たいそう喜んでいる様子だったが、ガッツリ数人死んでいる上、戦闘シーンが大分グロかったため、見ているこちらはかなりブルーである。
復讐は中止、少なくとも延期されるものと思われたが、犠牲者の多くが元々脚や目の悪い、戦闘に参加できない者たちだったためか、5日後、計画は予定通り決行されることとなった。子熊の肉を喰らい、血を飲み、精をつけた老婆たちは意気揚々と村へ進軍するのだが、その道中で再び悲劇が起きる。
雪崩である。
一体何だというのだ。私はおばあちゃんたちがパワフルに活躍する話が見たかっただけなのに、どうして非力な老婆たちが大自然に蹂躙される、激辛版ゴールデンカムイみたいな展開を目の当たりにしなくてはならないのか。
この雪崩から主人公カユは生き延びたものの、リーダーを始めとする戦士の半数以上が死んでしまい、命からがらデンデラに逃げ帰った一同は復讐を諦め、力を合わせて生き延びることを優先することにした。
しかし、ぶつかり合いながらも結束し、新しいデンデラを築こうと決意した彼女たちのもとに、再び奴がやって来る。
ぶっちゃけ、こんな痩せたバアさんしか居ないつまらねぇ場所に何度も来て、この熊は一体何がしたいのか。とにかく奴を生かしたままにしたのでは、この先何度も襲われて嬲り殺しにされることが目に見えているため、老女たちは熊との最後の戦いに出ることにした。
その戦いの結末はどうなるのか、村への復讐は本当に諦めてしまうのか、詳しいところは是非本作を視聴して確かめて欲しい。
最後に少し、ストーリーに絡まない私の感想を述べておこう。
まず他のレビューサイトでは、「熊があまりにもキグルミすぎる」という意見が多く見られるが、私はあまりそうは思わない。確かに初めて観たときはそう思ったような気もするが、3周目くらいから、よく見るとむしろ細かい造りや動きが精巧でよくできていると感じるようになった。
また主人公の斎藤カユを演じる浅丘ルリ子の演技もすごく良いと思う。
これはカユが物語の最後、元いた村に駆け戻ってきた時に見せた表情だが、こんな迫力のある顔の浅丘ルリ子を他で見られるだろうか?あと、倍賞美津子が演じる隻眼の老女や、髪に大きな骨の簪を差した最長老の老女などもとてもカッコいいので、何度も言うようだが是非観てみてほしい。