イベントと”数字”について思うこと
半年ほど前にでんこさんの記事
を読んで、自分なりにclusterのイベントの集客について色々と考えた。
この記事の後すぐに、こはださんが非常にロジカルに解説してくれた
このあたりから、イベントとは?集客とは?みたいなことを考え、書いては消し書いては消しをしてきて、まあアドカレにしちゃえばいいか~くらいに思っていたのだけど、clusterでイベント人気ランキングなるものが登場(その後すぐに公式見解・修正告知あり)したのをきっかけにその観点で一旦書き残そうと思う。
数の虚しさを説明するのに数を使う皮肉
簡単に自己紹介です。熊猫土竜と書いて「ぱんだもぐら」と読みます。
clusterで2020年からワールド制作やイベントを行っています。数のためにやっているわけじゃないよ、ということを書きたいのですが、誰が書いているのか説明するにあたり、数字を書いた方が何者かわかりやすいという皮肉のような話があるので書いておきます。はじめましての人もいると思うので、この章だけ「ですます調」で書きます。
2022年6月に「気になる」機能がついて以降の主なイベント「気になる」数(公開されている数字)を見ると
2022.6 想月亭SPライブ 物まね&昭和歌謡ショー 💗54
同月 パリピ銭湯 💗64
2022.8 納涼盆踊り大会2022 💗99
2022.11 パリピ銭湯2 💗93
2022.12 想月亭 年忘れ歌謡祭 日本の歌、心 💗91
2023年あたりから3桁も増え、
2023.4 モコピ銭湯 💗104
2023.9 想月亭ハーベストムーンライブ 💗131
2023.11 熊猫土竜ワールド制作3周年記念祭 Day1 💗150 Day2 💗132
2024.1 想月亭コンサート "Song for..." 💗125
2024.3 ハルイチバン 💗129
2024.6 想月亭ストロベリームーンライブ 💗157
となっている、そんな人です。3桁になればいまのclusterではまあ盛況と言えるでしょう。
(※イベントランキング改め「注目のイベント」が登場してから♥の上がる率が爆増したので、今であれば3桁でまあまあ。150で盛況くらい)
もちろん出演者みなさんのネームバリューや人気あってこそです。
それを支えるスタッフ、なによりお客さんあってこそ。
あってこそではありますが、イベンターとしての信頼も多少なりともあるだろうとは自負しています。
マウントを取りたいわけでも何でもなく、どういう人が書いているのかが数字を扱う本記事においては重要だと思った次第です。
(数字でいえばもっと上がいるのも存じ上げている)
イベント人気ランキングについて思ったこと
イベント人気ランキングについてはこちら。
それに対してX上で賛否(今回は反対意見が多かった)が巻き起こった結果、下記の記事が出た。声が大きい人の意見が通ってしまうのはそれはそれで危険ではあるが、他力本願ばかりでいられないのも難しいバランス。
立場を先に表明するとイベント人気ランキングについては真っ向から反対というわけではなかった。クラスター社としても考えや思惑があってのことと思っている、それを推察するのも面白い。いい意味で切磋琢磨して加速してくれればいいという考えがあったのかもしれない。とか。
まぁハロクラで告知なしの突然感には不信感あれど、拡張していく中でスレ違いがあるのもまだまだ成長している証拠。
なんだかんだみんな数字は好きだ。イベントでもいま同接何人とかロビー越えたとかいつからか耳にするようになった。(ちなみに自分のイベントでMC立てるときは、そのあたりには触れないようにお願いしている)
数字自体は悪いものではない。先述の自イベントの「気になる」数だって自分が歩いてきた道に対して評価を重ねてこれた結果という部分も多少はあると思うし、主催する以上はより多くの人に来てもらった方が出演してくれた人への為にもなる。正しくモチベーションになるのであれば順位付けだって悪くはない。
ただいくつかの懸念事項があった。
・意図的に数字をあげる行為(サブ垢や組織票による意図的な数字操作)
→ランキング表示されるには現時点で60くらいなのでサブ垢だけでは厳しい
組織票に関してはそれだけの組織ができるなら立派なのでは?
・悪ふざけ
→例えば100年先にイベント設定したものを悪ふざけで不動のランクイン
させたりできる。ただこれはさすがに運営も処理するだろう。
・行き過ぎた行為
→YouTubeでも数字の為に過激行為をする例がある。数を稼ぐために
著作権違反の画像をサムネに使ったり行き過ぎた行為の可能性。
これは運営に処理してほしいが、以前も違反放置があったので心配。
まぁ正直ここまでであれば大したことがない。例えば今ミッションクリア目的のイベントなどもあるが、そんなものいちいち気に留めない。
中身がないことがわかれば自然に淘汰されていく。
もっと心配していること① 勧誘・誘導
本件にまつわるXを見ていると「初心者が誘導できてよい」という意見もある。現に公式見解でも下記記載がある。
しかし、今回の件を聞いて私が最初に思ったのは2021年末頃のNFT・DAO勢のことだった。ここでは詳細を省くが、大挙して押し寄せたことがあった。
これも何度か書いてはいるがNFT・DAOそのものについては悪く言うつもりはない。ただ一部ではDiscordなど外部への誘導、勧誘がされてもいた。
もっと悪意のあるマルチ詐欺などだとしたら?集団で入ってまとまった数を上げて上位に食い込ませることができるとしたら?現に悪意はなかったにせよ、当時NFT・DAOイベントとあらば見慣れぬアイコンで圧倒的な入場者数で蹂躙していった過去がある。慣れている我々はすぐに違和を感じられるが、それこそ初心者だったら飛び込んでしまう可能性はないか。右も左もわからないからこそ騙されてしまう可能性は?
これも運営がバンすればいい、という意見もあるが、巧妙な手口も見てきているしイベントバンはなかなか簡単ではない。順位がついてしまうとお墨付き感が出てきてしまうのではないかと思う。
クールに言ってしまえばそれで見ず知らずの初心者が困ろうと、運営が困ろうと、なくならない限りは知ったことではないのだけど
clusterをやったことで嫌な思いをする人は出したくないの、この場所を愛する人間としてね。パンダだけど。
初心者誘導はそれはそれでやってほしいことではあれど、それはそれ。
clusterってこういうところというリテラシーみたいなものが醸成された状況であれば数=必ずしも面白いとは限らないことが、いくつか見ていればわかってくるし、その結果淘汰されていくが、そうじゃない状態の初心者ならなおさら、1位というくらいなのだからこれがclusterの正解だという先入観が生まれやしないか。そのさきにあるものが詐欺まで悪意はないにしても、特定のグループへの勧誘だったとしたら?
もっと心配していること② 数字を追うと変わる人の心
承認欲求とか自己顕示欲とか以前に人はよく評価されれば嬉しい生き物である。数字というわかりやすいもので評価されて悪い気はしないだろう。
それは弱さではなく自然な心理である。いくら気にしない、数字の為にやってないといっても順位という形で明記されれば気にはなる。
気になることが悪いのではなく、そこに数字の怖さが潜んでいるのだ。
数字とは失うのが怖いものである。ポジティブにもっと頑張ろう、となればいいが上を目指す向上心には残念ながら作用しづらい。
その代わりに失いたくないという気持ちとか嫉妬とか羨望とか、ネガティブ面にはすぐに作用する。
イベントの気になるの数となればもっとややこしい。自分でコントロールできる範囲が探しづらいからだ。例えばダイエットを頑張れば体重は減らすことができる(こともある)勉強しなければ成績は下がる。これは自分である程度コントロールできる数字だ。それに関しては数字を見ることでモチベになる場合もある。どうすればどうなるか因果関係が見やすいからだ。
しかし、イベントに「気になる」を押すのは自分ではない。もちろん、来てよかったと思えるイベントを生み出すことで次につなげることや、魅力的な告知で集客することはある程度できる。だけど、他人が最後に押すかどうかは自分ではコントロールできない。
ワールドランキング自体の賛否もあるが、ワールドランキングの方がまだ努力しやすい。あくまで上を狙うならの話だが。それにワールドの方がランク変更も起こりやすい。これはストック型たるワールドとフロー型たるイベントの性質の違いもある。
こうなってくると、まず数字をあげる方法を間違える人が出てくる。自分じゃコントロールできないのに、なんとかしたくて暴発する。
誰も楽しめない押し付けの告知、無差別DM、過度な景品や賞金での釣り、史上最大史上初と言った過剰な言葉での煽動などなど。努力する手段が限られるなか、ゆがんだ方法は考えられる。
それからランクインした人。「2位じゃダメなんですか?」と聞かれ、平時は何位でもいいと答えられても、1位射程圏内になった時に本当に平静でいられるだろうか。あるいは1位になったとき、2位になってもいいやと思えるだろうか。それなりにランクインが狙えるイベンター同士だと、本来リスペクトし合う関係が、数を取り合う敵対関係になってしまう懸念もある。時間が被ればもっと深刻で、いまは違うデバイスでの二窓もできなくなったし、近い界隈であるほどユーザーの取り合いはどうしたって起きる。土壇場で数字を上げるために何でもアリになってしまわないか。
自分の楽しいを創るより勝つことが目的になってしまう。クリエイティビティと挑戦、拍手や賞賛、自分とは違う他者への敬意、それらclusterのカルチャーが守れるのだろうか、というしなくていい余計な心配までしてしまう。
現状イベンター同士のつながりはもう希薄だし、それぞれがコミュニティ(宇宙:ユニバース)をもっているメタバースになってきているが、
人数集めれば勝ちになってしまえば、参加してくれるユーザーは票集めの駒になる。いい意味で切磋琢磨してくれればいいが、とにかく鼻息だけは荒くポリシーやコンセプトが見えないイベントが増えてると仮定するとプラスに作用しなさそうだなと。
何より追うのも追われるのも疲れる。その無駄な疲れは人類の創造力を減速させてしまう。
もっといえば出演者を選ぶ基準が「数」になってしまうかもしれない。出演者やスタッフとして言えば数のために呼ばれていることは感じ取れてしまうし、名前だけで呼ばれたなと思ったら二度目はない。(主催者としては私が数という観点じゃないのはハルイチバンでみせたと思っている)
人を数字としてみてしまうかどうかなんて心の持ちよう次第ではあるのだけど、数字が明示されると思考に悪魔がささやく、それくらいのパワーを持っていると思ってる。
数字を追いかけた経験の上でわかる数字の虚しさ
もう時効だと思うのでいうけれど、延べ参加者数1600を数えた盆踊りの時は正直なところ数字至上主義で追いかけた。この時に数字を取る方法もわかってしまったし、一方で数字を取ることの虚しさを感じた。こうすればいいよ、とは言えるけど、それをやるより大事な創造がある。
虚しさを感じたといっても勿論この時の出演者・スタッフ、お客さんが悪かったわけではない。とても感謝しているしパフォーマンスも堪能できた。それでも、残ったもの得たものが、2021に比べるとあまりになかった。それは慣れも既視感もあると思うが、何とも言えない虚しさがあったのだ。創ること以上に力入れなきゃいけないことが多かったのが創作好きとして疲れたのかもしれない。数字を追いかければ視野は狭くなり、笑顔は消える。めっちゃ上から目線で言ってしまうと、この時を境に「この人楽しんでなさそう、苦しそうだな」とか感じるようになってしまった。数字に逃げられまいと焦る姿が苦しそうなのよ。
もちろん最高のものを創ってより多くの人に見てもらって、数字も高めていこうというモチベーションは正しい。例えば歌い手とワールドクリエイターが一緒になってまだ見ぬものを目指すのは、まさにcluster(房)で才能がくっついていく醍醐味だと思っている。それにcluster民はリテラシーがある。正しく楽しく活動していれば自然に数字はついてくる。
とはいえ、数字至上主義の戦略は普通にいいものを創るだけではないし、それ用の戦い方をしないと到達できない数字もある。
そして、一度この数字になれば次も次も、となる。私は、ああそうなるな、とこのとき思ったのでこのとき以降は一切数字至上主義でイベントをしていない。宣伝もそこまで本腰を入れてガンガンやっていない。無論ゲストを呼ぶからにはゲストを多くの人に見てもらいたいというのはあるけれど、適正なキャパというのも覚えた。それゆえ2年たっても最高来場者数は更新していない。そのおかげでお風呂に入るだけイベントなど準備ゼロの緩いイベントもやれる。プライドなくいい意味で降りれた。記録そこそこ残しつつ、その何倍も記憶に残るものをやりたい。
創りたいのはイベントでもワールドでもましてや記録でもなく伝説の一晩。
一回見たので、もう数字はいいやと思える。真にそれを味わうには一度この山も登頂しないといけないのかもしれないという矛盾もはらんでいるのだけど。知ってもらうためにはまずは数字というのもわかる。私もこう言えるのは知ってもらえたと思えるような数字を見たからなのかもしれない。
何度も言うけど数字は悪くない。誰かの言う通り友達かもしれない、正しい使い方をしてあげれば。ただ実と虚がある。ハリボテの数字、虚の数字はその通り虚しいだけだよと言っているのだ。数字だけあっても中身が伴わなければ次はない。
言ってしまえば「たかがイベント」心すり減らしてやる必要はない。数字とか順位とか出てくると、すり減らす人が増えやしないかと心配なのだ。
何のためにイベントをやるの?
そもそも立ち止まって考えてほしい。何のためにイベントやるのか、を。
なにもしなくてもいいclusterなのに、いつから何者かにならなければならなくなったのか。何者になりたいのか。
もちろん、やりたかったことを叶えることはいい。なりたい自分にもなれる。私でいえば十数年ぶりに演劇ができた。まさかこんな年齢でまたできるとは。人前で歌って聞いてもらうことだって奇跡だ。
その上で、数字が「なりたい自分」「イベントをやる目的」にとって必要かどうか。アングラでもいいじゃないか。少人数でも楽しいならランクインなんてスルーすればいいじゃないか。数字をどう捉えるかはその人次第である。あと仕組みのせいで人が来ないみたいな意見は論外。次来ようと思えるほど面白くないから、あるいは知ってもらう努力してないから来ないだけだよ。
一応言っておくとビジネスだとしたら数は一番と言っていいほど重要だ。いいもの創ってますだけでは飯は食えない。何を大事にするかで多少違いはあるものの。しかし、ここはビジネスの場ではない。今後経済圏を目指すうえでビジネス観点必要だし、既に人間関係とかどうでもいいのでとにかくビジネスという人もいる。ビジネスにするにはまだパイが少なすぎて成り立たないが将来ビジネス化できるときのために動いている人もいるだろう。仲間と言って近づきながらもお金のことだけ考えている人もいるかもしれない。
いかに稼ぐかよりいかに使うか、の方が自分の人生には大切で、楽しく浪費できる場所として大切だからこそ数字で荒れてほしくないわけだがこの辺の話は次の機会に取っておくことにする。