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マキシマムザ亮君と合コンしたらコケシが来た話

「8度見するくらい可愛い子がいる」

ハタチの頃、先輩から聞いた話。海でナンパしたグループの中の1人に女神級に可愛い「リサちゃん」という子がいたとの事だった。

当時「忽那汐里」の5度見を最高記録としていた私は懇願した。“是非とも紹介して欲しい“と。

先輩から貰ったアドレスに嬉々としてメールを送る。しかし相手は「リサちゃん」ではなく別人だった。私は騙されたのだとすぐに先輩を問い詰める。しかし困惑した先輩からは予想外の答えが返ってきた。

どうやら「リサちゃん」のグループには「ボス」がいるとの事だった。

そのグループの誰かと連絡を取る為には必ず最初にボスを通さなければならないルールがあるらしい。

ボスのお眼鏡にかなってようやくリサちゃんに辿り着けるとの事。何とも回りくどい、いつの時代の仕来りなんだと、癪に触った私は連絡を取るのをやめようかとも思ったのだが、なんだかんだそのまま続けた。いかんせん私は「ヒマ」だったのだ。

仕方なく3つ歳上のボスとメールを交わす。ボスの名前もメールの内容も何ひとつとして覚えてはいないが、1通目か2通目で私の顔写真を要求してきた事だけは覚えている。唐突に書類審査が始まったのだ。

そういえば、ボスの容姿について先輩は何も言及していなかった事に私は気付く。私も興味がなかったせいか聞かなかったが、ボスと揶揄するあたり何となく「天海祐希」のような風貌を予想していた。

そして私の写メールに対してボスも筋を通すかのように友達と撮ったであろうプリクラを食い気味に送ってきた。私とてそうだが、相手に自分の顔を初公開するのだ。送る写真は自分の中で一番いい顔を選ぶのは言わずもがなだろう。

その前提を踏まえた上でボスから送られてきた画像を開く。プリクラ内でおそらく顔の下に名前が入っていたのだろう。どちらがボスなのかは一目で分かった。

司馬昭並みの巨躯に茶髪のソバージュ。前髪はゴムでチョンマゲにしており、獲物を刈る時に見せる捕食者の笑みのように口角を上げた「ジャガー横田」がそこには映っていた。ジャガーの眼光はプリクラ越しでも完全に私を捉えている。この時すでに私は細胞レベルで畏怖していた。

隣は誰だろう?私はジャガーの隣に映っている女性に目を向ける。ジャガーのグループのメンバーである事は間違いない。が、しかし何とも形容し難い…いや、嘘だ。形容できる。黒髪のマッシュルームヘアーにつぶらな瞳。当時のプリクラでは補正効果がまだ発展していなかったのだろう。スマホの画面を親指と人差し指で摘むように小さくしたその瞳は、一点の曇りもなくこちらを見つめている。完全にコケシだった。

2人とも並んで立ってはいるがコケシの頭はジャガーの肩よりも低い。これはジャガーが推定190cmの「セームシュルト型」だったからなのか、はたまたコケシが130cm程度しかない「捨丸型」だったからなのかは今となっては分からない。

私の中でひとつの懸念が生まれる。この2人がいるグループにはたして女神級に可愛いとされる「リサちゃん」は存在するのだろうか?類は友を呼ぶなんてことわざがあるが、この2人の類に「可愛い」は加わるものなのか?しかし先輩が嘘を付いているとも思えない。疑心暗鬼が深まる中メールはそれでも続いていた。

何とか書類審査を通過した私は架空の女神かもしれない「リサちゃん」に会う方法を考える。そして「みんなで遊ぼう」という催しを企画する事に成功したのだ。この「みんな」が大事なポイントだった。「2対2」といった具体的な数字を定めるとおそらくボスはコケシを率いてくるだろう。私は事前のメールで「仲の良い友達が2人いて、よく3人で遊んでいる」といった文面を送っていたのだ。この布石から「みんな」を繋げると「3対3」の構図は自然と生まれるだろう。無論、4人でも5人でも問題はない。「2人」さえ回避できればいいのだ。

狙い通り「3対3」で遊ぶ事が決まり私は友人2人に声をかける。無論、「架空の女神リサちゃん」やジャガー、コケシのくだりはすでに説明が済んでいる。それに現時点でまだジャガー以外の2人がコケシと「架空の女神リサちゃん」とは判っていない。ただジャガーは「めちゃくちゃ可愛い子連れてきてあげる!」と言っていた事からも「架空の女神リサちゃん」を期待しないわけにはいかなかった。3分の2がヤバいかもしれないと説明しながらも友人2人は快諾してくれる。おそらく2人も「ヒマ」だったのだろう。

そして当日を迎える。私たち3人は待ち合わせ場所である、とある駅のロータリーに車で迎えに行った。交差点を曲がりロータリーに差し掛かった刹那、身体中に戦慄が走る。まだ相当先ではあるが、シャンクスでも気絶する程の覇気を纏った2人組が立っているではないか。いや、嘘だ。覇気を纏っているのは大柄の女のみであり、十中八九それはジャガーだろう。その横にポツンと佇む黒髪のマッシュルームヘアーはむしろ存在感を消している。コケシだ。

もはやコケシのスタンドがジャガーなのか、ジャガーのスタンドがコケシなのか判別できない。前者でも後者でも相手は慄くだろう。私なら後者の方が能力に依存していそうで怖い。そんな事を考えながら近づいていく。

距離が近づくにつれ徐々に明らかになる両者。「ジャガー横田」と思われた大柄の女は「司馬昭」に始まり「範馬勇次郎」から「アミバ」ときて最終的に「マキシマムザ亮君」に落ち着いた。どうやら亮君はプリクラを撮るとジャガー横田になるらしい。ちなみにコケシは終始コケシだった。

私は2人を視認した時から妙な感覚に襲われていた。何だろう。胸の奥底からふつふつと湧いてくるこの感覚…何とも言えない感情…モヤモヤというよりザワザワする感覚。そうだ、この感覚。思い出した。これは世間一般でいう所の「嫌な予感」だ。2人しかいない…。亮君の影に隠れて見えていないのか…?それとも遅れてくるのか…?もしかしたら待ち合わせ場所が1人だけ違うのか…?はたまた、もしかして…

そしてその「嫌な予感」は見事に的中する。

車に乗り込んだ亮君が開口一番に叫ぶ。

「ごめーん今日もう1人の友達が用事できちゃって、私たち2人だけになっちゃった!!!」

この時の私たち陣営の表に出せない落胆はとてもじゃないが表現ができない。言語化の出来ないテンションの下がりように果たしてどうするべきか思考が回らない。亮君が何か言ってる気がするが耳に入ってこない。コケシは絶を使ってるのか?車に乗り込んだのかさえ分からない。

友人2人に申し訳ないなんてレベルでは済まされない罪悪感が全身を覆う。責任転嫁して先輩を責め立てる妄想を頭の中でしていたのかもしれない。会話の内容こそ覚えていないが「ど、どうしよっか?」という問いに対して「カラオケに行こうよ!」と言われた事だけは覚えている。初対面の昼間にシラフでいきなりカラオケだった。私たちは捕食されるかも知れないなと思った。

とにかくその場を凌ぐしかない私たちは言われるがまま入店し、オドオドと個室に入った。座る場所、大事だな…と思いながら皆が探り探りで挙動を伺っている。そしてまだ全員が腰を下ろしていない中、ふと見るとすでにデンモクを持っている奴がいた。まさかのコケシだ。

お前が歌うんかい!とツッコむべきなのか?そんなコケシの選曲は“いきものがかり“の『帰りたくなったよ』だった。初対面の昼間にシラフでいきなりのカラオケ合コンの初手1発目に「帰りたくなったよ」だった。

これはツッコむべきなのか?分からない。帰りたいのか?我々は不服だったのか?なんなんだ一体、最初から正解がずっと分からない。この人たちは何者なんだ?もはや恐怖で顔が引き攣る。合コンというのはこんなにも難しいものだったのか?コケシが歌う。

刹那、我々の手が止まった。

上手い。

なんて美声だ。本人顔負けの上手さ。程よい抑揚と鮮やかなビブラート。実は歌手だったりするのか?見た目とのギャップがありすぎてバズりそうだ。段々と可愛くさえ思えてきた。歌い終わり、気付けば3人とも無意識に拍手をしていた。

次曲はすでにスタンバっていた。それはコケシの歌唱中にバナーで予約のお知らせがきた”欧陽菲菲”の『ラブイズオーバー』だ。亮君がマイクを持っている。

大丈夫だろうか?コケシのせいでかなりハードルが上がっている。それは私たちも同様だ。あのレベルを見せつけられると次に歌うのは気が引ける。もはやずっとコケシでもいいから聴いていたい。そんな空気の中で歌おうとする亮君のメンタルはやはり底が知れない。しかしながらコケシもなかなかに腹黒い。自分の特技をいきなり見せつけて合コン内での地位を確立しようとしているのか、ミスディレクション使いかと思いきや完全に腹黒出しゃばり系女子ではないか。いっそ亮君は『恋のメガラバ』でも歌って盛り上げるべきなのではないか?そして亮君が歌う。

まさかのコケシ超え。

杞憂だった。死ぬほど上手かったのだ。

”Superfry”を彷彿とさせる声量。熱量。万人受けするコケシに対して心臓をえぐりとる魂呼びかけタイプの亮君。私は完全に亮君派だった。

スタンディングオベーションの男陣営。

“プリンセスプリンセス“の『M』を歌う亮君。素晴らしい。目を閉じて聴いた。聞き惚れるとはこの事なんだな。力強いながらも切なさが混じった淡い声色。コンサートにいる気分だ。歌い終わり目を開けるとそこには『ロッキンポ殺し』を歌った直後の亮君がいた。

不思議なもので、歌が上手いというだけでカラオケは楽しくなった。もはや帰りたくなくなっていた私たちも歌って踊って騒いで、それはもう終始大盛り上がりで大成功の合コンとなったのだ。もちろん男陣営で『恋のメガラバ』も歌った。

延長までして存分に楽しんだ一同は満足気にカラオケを後にする。「また遊ぼうね!」とリピートを約束した後に解散となった。

私たちは大変満足していた。暫く余韻に浸る程に。プロのアーティストとカラオケをした気分だったのだ。何物にも代え難い。財産となる経験を得た。何かとても大事な事を忘れている気がするが、まぁ思い出せないのであればそれは取るに足らない事なのだろう。それよりも耳がご機嫌だったのだ。




後日談として先輩から聞いた話にはなるが、亮君が私の事を割と真剣に狙っているとの事だった。しかしながらリスクマネジメントをしっかり行っている私は心配ご無用。幾度となる誘い(2人で会いたいという旨のメールもあった気がする)を綺麗に回避し、ほとぼりが冷めた段階で受信拒否リストへと追加させて頂いていたのだ。



亮君お元気ですか?

私は今日も生きています。

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