旦那とのファーストデート
だいぶ間があいたことをまずお詫びしたい。
婚活シリーズを何回かに渡って書いてきたが、そろそろゴールが見える話をしようと思う。
今の夫とは、現在の職場で出会った。夫は5歳も歳が下である。彼は新卒採用、私は中途採用なので、歳は離れているが同期着任だった。
最初に言っておくと、私は枯れ専なので、正直、自分より年若い男には全く興味が無かった。
ただ、初めて出会ったときの、優しくさわやかな笑顔が印象に残っている。
なぜなら…
前職で男に散々な目に遭わされたので、ニコニコ笑いかけてくる奴=何考えているかわからない奴→実は腹黒いんじゃないか?
という、方程式のようものが自分の中で確立されており、その笑顔に信用が置けなかったのだ。
彼は新卒採用ながら、即戦力タイプだった。非常に優秀な将来期待の若手だった。さわやかな笑顔と、優しい物腰、すらっと高い背丈、長い手足、隠しても隠しきれないインテリジェンスと品格…唯一の難点は服装のダサさくらいだが、大抵の女は放っておかないだろう。
しかし、これだけの条件にも関わらず、私の眼中には入らなかった。
悲しいかな、男への不信感が強くなってしまい、その笑顔の裏の本性をいつか暴いてやろうとさえ思っていたのだ。
そして…前述の通り私は枯れ専なのである。インテリジェンスがあっても、世間知らずそうなお坊ちゃんに、異性を感じることなどなかった。最初のうちは。
でも、まぁ一緒に仕事をする中で情のようなものは湧いて…来たが、彼の学歴にドン引きした。彼は日本の最高学府出身だったのだ。
とは言え、私も一応彼には劣るものの超有名私立女子校を卒業し、一応国立大学の修士の学位を有している。恥じるところは無いが…
自分より明らかに高い実力を持つ年下の男に、憧れるなんてことになるわけもなく、むしろライバル視していたほどである。
徐々に互いの実力を認め合うようになって、ファーストインプレッションが拭われるくらいまでになったときのこと。
突然、私の机(職場)に一枚の書面が。
よく勤務校が任意参加で人を集めては好きなところに遊びつつ学ぶ「巡研」なる企画があるのだが、そのお誘いの書面だった。
隅から隅まで読んでも、特に普通の巡研のお知らせ。でも、こんな企画あったか?聞いてないぞ…と、上司に確認しようと席を立って三歩歩いて止まった。改めて書面を見直す。
最高催行人数:2名(通常は最少催行人数)
主催:英語科(彼の所属)および理科(私の所属)
行き先:上野各種博物館、上野恩賜公園(要は上野動物園)
…ん?これは、まさかデートのお誘い?
すぐさま踵を返し、キリトリ線の下の参加アンケートに可否を記入した。
返事は「是」である。
もし、この一件が無ければ夫とは結婚しなかったかもしれない。
誰が見ても、本当によく見なければ只の企画書兼参加申し込み書だった。私の好みを、会話の端々で記憶していたのだろう。彼は私の好みを考慮しつつ、ウィットと周囲への配慮に富んだ、企画書体の画期的な招待状を私に寄越したのだ。
この男、やるな。
誘い方は満点…というか、ユーモア加点がつくほどだ。だが…これが私がバカっ子だったらどうなったのだろうか。絶対自分の上司に見せて、企画の有無を確認していただろう。私なら気がつくはず、という私への信頼も、挑発も感じた。これは、売られた喧嘩は買うしかなかろう。
そして、かくもロマンのかけらもないファーストデートが成立することになった。
ここで、経験だけは豊富なオバさんから、細かいチェックが入る。まずはエスコートの仕方。◎。人混みの側に自ら立ち、安全な側を私に歩かせる。リーチが違う相手の歩調に合わせて、少し前を歩きつつ振り向いて、そのさわやかな笑顔を見せる。お茶にしようと、カフェに入れば、私が座ろうとしている席をゆっくりと引き、座らせる。当然、この一日の間にドアノブを持つことは無かった。
…何だ、この一分の隙もないレディーファーストは…?💮あげちゃう!
今までの人生で、私に傅く男は数多と(?)いたが、こんな女性として、敬意をもって接していただいたことは無かった。
こんな完璧な男はそういない。しかし、完璧な人間などいないのだ。整いすぎているからこそ、いらぬ勘繰りも生じてくる。この男、手練れか?天然か?
だが、次の場所でようやく本性を垣間見ることができた。好きな恐竜の展示に、少年のように目を輝かせていた。可愛らしいところもあるじゃない…と、私の中に僅かにある母性が顔を出しかけた瞬間、彼は「恐竜の絶滅の理由について、貴女の見解を教えてください」
何だ?口頭試問か?生意気な、私を誰だと思っているんだ(って誰だよ)。
至極真っ当な、かつ地質学的生命学的見地からの私見を、理路整然と述べさせていただいた。彼はご満悦だった。
私も彼を値踏みしていたが、彼もまた私を値踏みしていたのだ。
面白い…受けて立ってやろうじゃないか。
そうこうしているうちに、夕食どきになり、彼の行きつけの中華料理店に行くことになった。店選びは○だな。ちょっと減点。
食事を済ませて、デザートになったとき、ガチ理系の私は『ユーグレナパフェ(要はミドリムシパフェ)』が食べたかった。でも、こんなメニュー頼んだら、今度こそ引くんじゃないか、と思いつつも、結局オーダーした。
パクパク食べる私をニコニコ眺める彼。すると、突然彼の口が少し開いた。半分口を開けた状態で静止した彼。アーン、とも何も言わない。ただ、口を開けているだけ。食べたいのかな?と、ミドリムシゼリーをすくって、彼の口元に運ぶ。当然、食べる。ニコニコしながら「美味しい。」と、ただそれだけ。ミドリムシだぞ?
…こいつ、天然か?
ちょっと頭を冷やすために、トイレと称して席を立った。帰ってきたら、彼の姿が無い!でも、代わりにテーブルの上にラッピングされた袋があった。まだ彼の鞄があることから、そのうち帰ってくると予想がついたので、私も博物館で買ったトリケラトプスのクリスタルキーホルダーを、そっと彼の鞄の中に入れた。
数分後、戻ってきた彼に、ちょっと意地悪に『これ、何?』と、袋を指し示しながら聞いたところ、『生えてきた』と、謎の返答があった。
そんなわけねぇだろうが!
私も続ける「私の席に生えてきたってことは、私が貰っちゃっていいのかな?」と、やはり意地悪オバさんスタイルは崩さず。すると、彼は「拾得物って事でいいんじゃ無いんですかね?(笑)」とまた意地悪そうに笑う。貰っていいなら、と、ガサツに袋を開ける私。そこには、アロマランプと精油のセットがあった。
実は私は中度の入眠障害を持っており、薬に頼らないと眠れないのだった。彼には打ち明けていたので、当然知っていただろうが、まさかラベンダーを選んでプレゼントしてくれるなんて思わなかった。まだ交際前の我々。重くなりもせず、相手のニーズを捉えたプレゼント選びには最高点をあげたい。
彼の気の利いたプレゼントの後で恥ずかしくなってしまったが、鞄の中を見てごらん、と姉御肌を見せつつ、天邪鬼なオバさんは指示した。
「あっ!トリケラトプス!!」
クレバーな青年の顔が、一気に少年に戻った瞬間だった。
そして、屈託の無い笑顔で「ありがとうございます!」と嬉しそうに握りしめた。「何で、私がトリケラトプスが好きだってわかったんですか?」と、無邪気に聞いてくる彼。
それはね、貴方の一挙一動ずっと見ていたからよ。
このとき、私は彼への恋心を自覚した。5歳下?それが何だ?こんな天然かつ究極のフェミニストがいるか?クレバーとユーモアを併せ持つ、こんな愛らしい男がいるか?何より、どんなに意地悪な態度を私がとったとしても、笑顔でスマートに返してくる、こんなタフなインテリいるか?私の一挙一動、慈愛を持って見つめてくれる男が他にいるか?いや、いない。
彼の私に対しての気持ちは、まだわからなかった。でも、人生最後に振られるなら、こいつしかいない。
アラサー女の覚悟を決めさせた、そんなファーストデートだった。
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